第一回  玉帝 宝比べの会を催す

 ある時のことです。三十三天を治める玉皇上帝は宝比べ大会を催すことを思いついた為、玉旨を下して三界の神仙と西天の諸仏を集めました。そこで皆は各々宝貝をたずさえて金闕雲宮の霊霄殿に赴いたのです。

 三月三日、天門が開かれ、西方の世尊は玉帝と同じ上座に着き、大勢の神々は順々に進み、山呼の礼も終え、順序を決めて立ち並びました。玉帝が玉旨を下して言うには、

「朕は皇位に就いてからというもの、未だにそなた達を一同に集めたことはなかった。今こうして開いたこの会を、三界通明会と名付けることにしよう。そなた達はそれぞれ自分の持っている宝貝を互いに競い合わせ、その神通力のほどを披露して貰いたい」

 集まった神仏は皆声をそろえて承諾いたします。

 まず一組目は八洞神仙です。漢鐘離は羽扇を取り出して卓上に献じました。玉帝が訊ねて、

「卿よ、この扇は何処が素晴らしいのか?」

 そこで鐘離が言うには、

「この扇であおげば火は滅し、風は止み、邪なるものは死に絶え、その変化尽きることなく、船に化しては海を渡り、日を遮って月を巻き込み、霧を収めて雲を動かします」

 玉帝はそれを聞いて大いに喜びました。また張果老は一根の錫杖を取り出して献上し、

「臣のこの宝は泰山を動かすこともでき、水に入れれば水を裂き、大地に乗せれば大地を割り、千変万化いたします」

 曹国舅は析板を献上して曰く、

「臣のこの玉板は三界に通達し、バラバラになっても呼び寄せれば使えます。寄せ集めれば鬼を伏し、囲い合わせれば邪を捉え、大いなる神通力を持っております」

 呂洞賓は雌雄剣二本を献上して曰く、

「臣の剣は万里を飛ぶことが出来、妖を斬って邪を滅し、水に入れれば水を分かちます。また二本の剣は離ればなれになっても互いに探し合うことが出来るのです」

 藍采和は金線の籃を献上して曰く、

「臣の籃は放り投げれば空を飛び、世界をあまねくその内に収め、たとえ未熟な果実でも、この籃に入れれば、自然に成熟いたします。そしてこの中に入ってしまえば、誰にも姿を見られることはありません」

 李鉄拐は葫蘆を献上して曰く、

「この葫蘆は、中に風火を蔵し、風が要れば風を起こし、火が要るときは火を起こし、金が要ればすぐに金、銀が要るならすぐに銀といった次第です。また臣自身もこの中に入れば、東を指せば東へ飛び、西を指せば西へ飛び、百般に用いることが出来るのです。」

 何仙姑は鉄絲の罩を献上して曰く、

「妾のこの罩は日月の光を遮ることが出来、揺り動かせば星を移し斗宿を換え、その中に入れば水火を入れることはありません」

 韓湘子は魚鼓を献上して曰く、

「この魚鼓を打ち鳴らせば、天地はにわかに昏くなり、内には数万の兵を収めることが出来、呼べば妖もおのずと捕まり、これに跨れば水火へ入ることも容易です」

 玉帝は八仙の宝貝がいずれも素晴らしいので、竜顔をほころばせてお喜びです。

 また西天の諸仏で、観世音菩薩様という方が蓮花座を献上して、

「私の宝は、善人が座れば必ず悟りを開きますが、悪人が座れば刀の山へと変じます。蓮花は万物に変じることが出来、空中に放り投げて、刀と言えば刀になり、剣と言えば剣となり、千変万化いたします」

 萬法教主・普庵祖師は仏箒を献上いたしました。

「臣の宝を一振りすれば、人は千里吹っ飛び、三界の邪鬼・妖魔はすっかり消え失せ、二度と近づけることもありません。また一振りで万人を仙人にさせ、変化の術を身につけさせます」

 三元三官大帝は金鎗を献上いたします。

「この槍は邪を除き妖を捉え、水火の二災を避けることができ、空中に放り投げれば変化すること窮まりなし、殺せと云えば即殺し、止まれと呼ばわれば即止まるといった次第です」

 北方の玄天上帝が献上したのは黒旗です。

「臣のこの旗は天三界を巻き込めることが出来ます。悪鬼強妖といえどもこの旗を一目見れば自ら旗に包まれ、七日で水と成ります」

 白蓮尊者は金の鉢孟を献上し、

「この鉢孟は数万の神兵を収めることが出来、飯と呼べば飯を出し、餓鬼でも一食食えば、三年は飢えずにすみましょう。細かい光を爛々と放ち、紫霧が立ちこめます」

 また孫行者は、如意鉄棒を献上し、曰く

「みどものこの棒は長くしたけりゃ一万丈にもなり、短いときには刺繍針の如し、妖を降し鬼を捉え、変化の窮まるところなし。更に言えばみどものこの体みなこれ宝です」

 玉帝はそれを聞いて笑いながら

「そなたの体のどこが宝だというのだ?」

「まずみどもは筋斗雲の術が使えますが、その雲に乗れば千里を行くことが出来ます、これがまず宝ですな。それから毛を一つまみ抜けば百匹の小猿に変えることが出来ます。これまた宝です」

「それはそれは。では試しにここでそなたの神通を見せてもらいたいのだが、やってくれるかね?」

 そこで孫行者は直ちに殿前に躍り出て、呪文を唱えて毛をひとつまみつかむと、息を吹きかけて霊霄殿を小猿でいっぱいにし、それぞれに棍棒を持たせて舞を踊らせます。玉帝は行者に命じて神通を収めさせ、大笑いしながら仰いました。

「そなたは昔唐僧に従って西方に経を取りに行き、その神通は広大と聞いていたが、今日こうして見たところそなたの宝が一番のようだ。したがってそなたには金花一束と御酒二杯を賜ろう」

 孫行者はひざまづいて感謝いたしました。

 宝比べはまだまだ続きます。鳳凰聖母は金の宝塔一組を献上いたしました。

「私のこの宝は変化の窮まるところなく、邪を鎮めて妖を捉え、呪文を念じれば重くなること泰山の如く、たとえ万人集まろうとも持ち上げること適いません。しかしいったん変じれば粟粒のように小さくなり、三歳の子供でも持ち上げられます」

 有閻王天子は薛鏡を献上いたします。

「この鏡は善悪を逃すことがありません。もし三界の中に悪人が隠れていても、この鏡を持ち出せば、どこにいるかは明らかです。前を照らせば萬年の過去を、後を照らせば萬年の未来を映し出します。邪術士も鬼怪もこの宝を見れば、脚はグッタリ手はヘナヘナ、気体と化して消え失せます」

 東海竜王は明珠を献じて申しました。

「臣のこの珠を宮中に置けば、至る処を光で満たし、光を出すも納めるも自由自在。凡民も一目見れば永遠に災難に遭わぬという逸品です」

 しかしそこに馬耳山の馬耳大王が現れ、聚宝珠を献上して言いました。

「竜王殿のこの宝は珍しくも何ともありません。私のこの珠は夜といえどもことごとくを輝き照らし、無論光を出すも納めるも自由自在、凡民が一目見ればもう災難に遭うことはありません。更に金が欲しくば金を集めてもたらし、銀が良ければ銀を集めます。合図一つで花を咲かせ、果実を結び、呪文を唱えれば空も飛べます」

 玉帝は二人の話を聞き、こう仰いました。

「そなたの宝は竜王の珠より勝っているようだな。これで今日の会はお開きだ、皆にそれぞれ御酒五杯を賜ろう」

 そうして集まった神仙・神仏の方々は続々と退出し、各々雲に乗ったり霧を起こして洞へと帰っていったのでありました。

 後に余先生はこの会の様子を、殊に孫行者の神通力を見て、詩を一首作って行者をひたすら褒め称えました。その詩に曰く、


  堪羨猴祖孫悟空    たまらなくうらやましい奴 孫悟空

  従師西域建奇功    師に伴い西域で 大した功を成し遂げた

  前掃妖魔並蹤跡    昔は妖魔を掃き捨て 跡形もなし

  今又殿裏顕神通    今また殿中で 神通を顕わす



 さてこの日、竜王だけはあの馬耳大王に自分の宝を比較されたのが心中面白くなく、竜宮に帰ると直ちに兵を起こして馬耳山に戦を仕掛けることに決めました。馬耳大王は竜王軍の兵が山に来ていると聞き、こちらも兵で出迎えます。竜王が怒鳴って言うには、

「このボンクラめが! 今日はよくも玉帝の面前で私に恥をかかせてくれたな。素直に宝珠を差し出せば良し、全ては無かったことにしてやるが、さもなくば命が危ないぞ!」

 馬耳王はそれを聞いてこう返します。

「なんだと! お前のその珠は本来わしの珠から出来たモノなのに、なぜそんな貧しい心を起こすのだ?即刻退去すれば良し、さもなくば、すぐに後悔することになるぞ!」

 二人は戦うこと十合に至らぬうちに、馬耳王は竜王の一刀のもとに斬られて落馬いたしました。竜王は兵を収めて、凱歌を上げつつ竜宮へと帰っていきます。

 さて馬耳王には一人の子供があり、名を三眼比丘と申しますが、彼はすぐにでも兵を起こし、父に成り代わって敵を討とうといたしました。しかし母・葉氏はそれを押し留めて申します。

「今私は懐妊し身籠もっている身ですもの、兵を起こして仇討ちなんてとても出来ません。もしも天が私たちを哀れに思い、男の子を授けてくださったらその子と兄弟そろって仇を討ちなさい。万が一そうでなかったら、ここは辛抱して、また相談いたしましょう」

 結局三眼比丘もそうするしかないと判断し、守りを固めて耐えるのでした。


 話は変わって、霊鷲山の後ろに一つの洞がありました。この洞には独火大王という王が住んでおり、彼がある日独り言を呟くことには……

「今釈迦如来は、雪山修行のためにこの俺の霊山に来ておる。ここは山々はおぼろ、清水は遥々といった具合に、人気のない静閑さが良い処だ。他の奴が居ちゃ台無しだ。ならなぜ俺は奴にここを貸し与え住まわせてやってるのか?

 あの時俺たちは一年間如来をここに済ませてやると契約を結んだ。そして一年経って奴を訪ねると、あいつは俺が奴に十年ここを貸したとぬかしやがった。俺が怒って契約書を見せるように言うと、果たしてそこには「十」の文字が書かれていた。仕方なく俺は奴に十年間住ませてやるしかなかった。さて十年が経って再び奴を訪ねると、今度は俺が千年住ませてやると書いたと言いやがった! またも怒って契約書を出させると、そこにはやはり「千」という文字があるのだ。本当ならここでケンカでもすべきだったが、奴の仏法は広大で文句も言いづらく、俺は奴に従うしかなかったのだ。

 今日に到って霊山は栄え、今では十大弟子が経を講じ法を説いている。なんでもその経文は、もし百匹の虫がいたとしてもその経文を唱えれば何処かへと去らせ、また生まれ変わって人間にすることが出来るという。ついでに言えば朝夕と精進の宴席を求め、講釈が終わると経を捲いて食事をするらしい。俺が今から講釈を聞きに行って、もしこころよくもてなせばそれでいいが、もしも扱いが無礼であれば、俺はすぐさま暴れて身中の火を放ち、霊山を焼いてしまおう。さあどうなるだろうな?」

 釈迦如来はというと、その日も法会を開いて、弟子たちと法堂で経を講じていました。経文があと数句のみという時、独火大王が堂の前に着き、如来に会うと深々とお辞儀をいたします。如来は席を立って一礼し、大王に座るよう薦めながら訊ねました。

「大王、今日はどうしてこのようにいらっしゃったのですか?」

「なに、お釈迦様がよく斎をお布施なさるとうかがいましてな。一つには講釈を聞き、もう一つは精進のお相伴に預かろうと思った次第です」

 如来はそれを聞いてすぐに弟子の一人に、用意してある粟を出してねんごろに大王をもてなすよう命じました。しかし徒弟は言いました。

「今日の宴席の用意はすでに出来上がっております、今更余りなどありませんよ。ここは大王様にはまた明日早くにお越し直していただきましょう、そうすればその時はもう一席設けてお待ちしておりますから」

 そこで如来がこの言葉をそっくりそのまま大王に伝えると、大王は怒り狂って、傍らに人の座っていない席があるのを見ると

「俺がすでに食事をしに来てしまっているというのにお前らは『食えない』というが、やっぱり俺は正しかった。ここに席があるじゃあないか」

 そう言って、問答無用とばかりに座り込んでしまいました。

 そこに孔雀童子がお茶を取って戻ってくると、如来や羅漢たちは自分をおいてすでに食事を始めており、その上彼の席には独火大王が座っているのを見てたいそう怒りました。

「アンタは何だって私の席に座り、私の料理を食っているんだ?」

 怒りにまかせて、孔雀童子は思わず手にしていた熱いお茶を大王の顔にぶちまけました。その仕打ちに大王が怒り、五斗火を吹き出して童子をその場で焼き払うと続けざまに悲鳴が上がります。如来は慌てて大王をなだめにかかりました。

「彼はまだ子供です、どうか大人げないことはなさらないで下さい」

 しかし大王はその言葉も聞かず、ひたすら炎を吐き続けます。如来は急いで清涼呪を唱えて、甘露水によって童子を助け出しました。その行動が大王には余計に面白くなく、今度は霊山に向けて火を放ちました。幸い如来が慧眼をもってそれに気づき、素早く呪文を唱えると五百条の水流が吹き出し、雲霧が湧き起ち、霊山を覆ったので炎が起きることはありませんでした。独火大王は火が生じないのを見て、大変怒りながら寺中をウロウロしていると、生意気そうな童子が一人現れました。彼は自分は妙吉祥である、と名乗りをあげるとこのように申しました。

「やいお前、私たちは慈悲深い仏門の師弟だから、今回のことは大目に見てやるぞ。だから早々に立ち去るがいい」

「なんだと! 俺はまだ怒っているんだ、貴様のようなボケナスはまた焼き殺してくれるわ!」

「アハハハハ! お前の火じゃ他の奴らは焼けるだろうが、私は焼けっこないよ。まあもし焦げ目だけでも付けられたら、大したモノなんだがな」

 大王はこの言葉に怒って五斗火を放ちましたが、妙吉祥は身じろぎもせずに笑っています。

「お前のような妖怪に、なんで私が焼き殺せよう? 私は以前は釈迦堂の前のランプだったんだぜ。夜毎に書物を煌々と照らし、経の講釈と問答を聞きながら、燃えかすを積み重ねていたのだ。それがある日お釈迦様の唱えた呪文によって、こうして人の姿に成れたのだ。私は火の姿をし、火の霊を持ち、火を聞き、火を起こすことが出来る。そんな私をなんでお前ごときが焼き殺せるかね? もしお前のような奴がこれ以上わが霊山を荒らそうとするならもう好き勝手にはさせないぞ。私の三昧真火が逃れられるわけはないし、逃れたところでずっと火傷を患うハメになるぜ」

 このやり取りを如来はその慧眼で察知し、慌てて妙吉祥を引き留めようとしました。しかし時すでに遅く、大王は妙吉祥に焼き殺されていたのです。釈迦如来は大いに怒り、大声で妙吉祥を呼ばわるとその手に捕まえてきつく責められます。

「この畜生めが、何だって私の戒律を破ったりしたのだ? 彼が悪人だとしても、私もお前も出家人として大慈大悲の心で接するべきなのに、何故焼き殺したりした? 勘弁ならん、お前は陰山に追放するからそこで罰を受けろ!」

 妙吉祥は泣いて許しを請いますが、如来は聞き入れません。そこに、傍らで聞いていた観音菩薩が妙吉祥をかばってこう進言いたします。

「妙吉祥は罪あるといえども、霊山の弟子なれば、陰山に落とすことは出来ますまい。先頃馬耳山大王がまだ生きていたとき、彼は私の元で祈祷しておりました。それによれば彼の妻がただ今妊娠中とのこと、ここは彼女の胎内に妙吉祥を投じた方がよろしいでしょう。そして時満ちて彼の罪が清算されたら、またかしずかせては如何ですか」

 釈迦如来はそれを聞くと、そのとおりに妙吉祥を下界へ送ろうといたしました。妙吉祥は涙ながらに訴えます。

「お師匠様の命令とあらば私は下界へ下りましょう。しかし私はいかんせん神通力を失い、人に欺かれたり負けたりするのが恐ろしくてしょうがありません」

 そこで如来が呪文を唱えて言うには、

「では私はお前に『五通』を授けよう。まず一つは天に通じ、空を自由に行き来できるようになる。二つ目は地に通じ、地面を自在に裂くことが出来る。三つ目は風に通じ、風の中では姿を消せる。四つには水に通じ、水中もスイスイ行ける。最後は火に通じ、炎を自在に操ることが出来る」

 そしてまた彼の額に指を当て、

「そしてお前のここに天眼を授けてやろう、これで三界を見渡すことが出来るぞ」

 そうして観音菩薩を呼ぶと、妙吉祥を下界へと送らせたのでした。


 さて馬耳山の王妃は夜中に堂の前で香を焚いていると、突然五通火が空中から彼女の体に飛び込んできました。次の瞬間王妃は不快を覚え、腹に鈍い痛みを感じ、もだえ苦しみながら寝室へ戻ると、そのまま三つ目の赤ん坊を産み落としました。すぐに三眼比丘公子を呼んでこう申します。

「幸い今生まれたこの子も三つ目です。これから成長して、きっとあなたの父上の敵を討ってくれるでしょう」

 母子は共に喜び、その子に三眼霊光と名前を付けました。

 一方あの東海鉄跡龍王は未だに馬耳山王の宝珠のことを気にかけておりました。彼はすすんであの珠を手放したのでしょうか? いいえ、馬耳山の母子が強く守りを固めてしまったため、龍王は兵を退けるしかなかったのです。

 しかし馬耳山の王妃が子供を産んだと知ると、すぐに兵を山に向かわせました。一つにはあの宝珠を手に入れるため、二つ目は王妃を捕らえて自分の妾にするためです。三万にも及ぶ水族達を引き連れ、勇を奮った龍王はグルリと馬耳山を取り囲みました。王妃が座っていると、たちまち龍王達が口汚く罵声を浴びせること、止まることがありません。王妃はそれを聞いてあわてふためき、急いで比丘公子を呼んでこう申しました。

「以前父上はこの暴徒に殺され、まだその仇を討っておりませんでした。今思いがけずその暴徒が、貧心を改めずにまたも兵を引き連れてこの山へやって来ましたが、いったいどうしましょう?」

 それに対して比丘は、

「母上心配いりません。昔から言うでしょう、『敵が来たらば立ちはだかれ、水が来たらば土を積め』とね。私が今から敵兵を出迎え、きっとあの悪人を捕らえて父上の敵を討ちましょう」

 そう言って母と別れて出兵いたしました。ところで下の公子の三眼霊光は生まれてからたった三日でペラペラ喋りだしたのですが、この時母に向かってこう申し上げました。

「私は兄上と龍王の決闘を見に行きます。もしも兄上が奴に負けたら、私が奴を殺しましょう」

 王妃は必死で引き留めましたが、霊光はその言葉に耳を貸さず、子分を引き連れて決闘を見に行きました。さて比丘は龍王と剣を交えておりましたが、結局敵わずに這々の体で城へと逃げ帰りました。それを見て霊光はすかさず龍王を殺そうとします。しかし周りの子分どもが彼と一緒に行くのを嫌がると、子分どもを打ち倒してから決闘へ赴きました。まずは各々名乗り合い、戦うこと十合に到らぬうちに霊光は龍王をその刃のもとに斬りつけたのでした。それを見た水兵達は慌てて龍宮へと逃げ帰りました。

 比丘公子はというと、城へ逃げ帰って母に会うと負けたことを告げます。母子は共にたいへん悩みました。しかしそこに手下の一人が戻ってきて、こう報告いたしました。

「霊光公子は比丘公子が敗走したのを見ると、我々を打ち倒し、龍王と決闘しに行ってしまわれたのですが、如何致しましょう?」

 王妃はこれを聞き、身も世もないほど泣き崩れました。が、そこに霊光が見事龍王を殺し、その首をたずさえて帰ってまいりました。これには王妃も大喜びで申します。

「これもあの人の霊が見守って下さったおかげだわ、あの子が父に代わって敵を討ってくれるなんて。今この極悪人がいなくなって、もうなんにも気に病むことはないわ!」

 そうして龍王の首を吊し上げ、鬨の声を上げました。

 この時、霊光公子はひざまづいて王妃に申し上げました。

「私はこの辺りは有名な山々が多いと聞いております。出来れば母上に別れを告げ、この辺りの景色を観てまわりたいのですが」

 王妃はそれを聞き、よく霊光に言い聞かせます。

「私にあなたを引き留めることは出来ません。ですがただ怖いのはあなたに災いが降りかかること。この召使いをつけますから、早くいろいろなことを学んで帰ってきて。母はあなたの帰りを待ちわびてますよ」

 霊光は早速母に別れを告げると、嬉々として観光に旅立ちました。三里と行かぬうちに、鐘の音が聞こえてまいりましたので、年老いた家来に尋ねます。

「前の方から鐘の音が聞こえてくるが、あれはいったい何処だ?」

 すると家来はこのように答えます。

「あそこは霊虚殿と申しまして、三元賜福天官・北極紫微大帝様がいらっしゃるところですよ」

 これを聞くと早速霊光は霊虚殿を見に行きました。

 さてこの時北極紫微大帝はまだ玉帝の霊霄殿から帰っておらず、留守を申しつけられた朱衣仙官と羽衣仙官が霊虚殿を守っておりました。するとそこに突然霊光が現れ、自分が馬耳山王の息子で今日はわざわざこの大帝の宮殿を拝観したくて来た旨を告げました。二仙官は申します、

「あなたが本当に馬耳山王のご子息ならば、我々が宴席の用意をしてあなたをおもてなしいたしますのでお待ち下さい。くれぐれも後ろの殿には行かれませんように」

 こう言い終えると二人は厨房へ行って料理の支度を始めます。この隙に霊光は早速後ろの殿へ向かいました。

 見ると扉は閉ざされ、表が封じ固定されています。それを打ち開いて霊光は中へ進みました。中には二匹の小鬼がいます。実はこいつら江南八十一州の火の珠の精なのですが、鬼どもは霊光の姿を見つけると大声で叫びました。

「お坊ちゃん! どうかワシらをお助け下さい、そうしたら一生ご恩は忘れません!」

 言われて霊光は、

「ここにはお前らを見張ってる奴なんかいないぞ。何でお前らは逃げ出さないで、わざわざ俺に助けを求めるんだ?」

「それはこの金鎗のせいなのです。この鎗は魔を降だし妖を伏すってぇ鎗でして、コイツがワシらをここへ縛り付けてるんですよ。坊ちゃんがこの鎗を持ってっちゃってくだされば、ワシらはやっと逃げ出せます。この鎗を坊ちゃんが持ってれば、後々いろいろ使えますぜ」

 これを聞いて霊光が金鎗を掴むと、二匹の小鬼は拝謝しながら逃げだし、その後はあまねく天下の人々に害を及ぼしたといわれております。

 霊光は金鎗を盗み出すと、宴席を待たずに逃げ出しました。あの二仙官は後ろの殿から物音が聞こえたので慌てて見に行くと、霊光も小鬼も金鎗も全てなくなっています。二人が悩んでいると、ちょうどそこへ大帝が帰ってきて訊ねました。

「おいあの鬼どもは何処へ行った?」

 二仙官は泣きながら今までのことを告げました。大帝は怒ってもうします。

「コンチクショウめが! よくもこのような無礼を働き、わが金鎗を盗んで小鬼を逃がしたな! よし、私の九曲珠を馬耳山に変じ、奴が私の珠に逃げ込んで素直に鎗を返せば良し。しかしもし鎗を返さぬとあらば、奴を珠の中で殺してやろう!」

 一方、霊光は大帝が追ってくるのを恐れて、家来に鎗を持たせると先に家に帰しました。そこへ霊光は大帝の九曲珠をくらい、逃げ出すことが出来ずに珠の中へ捕まってしまいました。

 さてはてこれからどうなるでしょうか、それは次回のお楽しみ。