第三回 霊耀 分龍会を補佐する

 さて次の日真君達は集まって玉帝に申し上げました。

「今年の五月二十五日、分龍会を起こし、九江・八河・五湖・四海それぞれの龍王を集め、会にお越しいただいて雨を降らせていただければ、穀物の苗を救うことが出来ます。今年もその会期がまたやって参りました。願わくば前もって玉旨を公布していただければ、会においでになる龍王の方々も集まる時機を逸しなくてすむのですが」

 それを聞いて、玉帝はすぐに玉旨を伝えると、こうお訊ねになりました。

「一体誰を明輔にすべきであろうか?」

 そこで大臣達はこのように上奏致します。

「臣が仕事中に見ていたところ、火部兵馬大元帥こそが明輔にふさわしいでしょう」

 玉帝はその意見により、すぐに霊耀に殿上するよう伝えました。霊耀は霊霄殿につくと山呼の礼でご挨拶いたします。

「朕は卿が忠義に厚く実直で雄に秀でているのを見てきたが、大臣達も『卿こそ明輔にすべき』と朕に申している。どうか朕に代わって誠心誠意行事を行って欲しい」

 霊耀はそのご恩に感謝しつつ朝廷を出発いたしました。


 話は変わって、東海の老龍王は玉旨を受け取り、分龍会に赴いて雨を治めよとの言葉に、大変悩み嘆いておりました。

「ワシは既に老いぼれの身、どうして行くことなど出来よう? もし行ったとしたって、他の龍王達にお辞儀をするにも不自由するのに、どうしたら良いかのう?」

 さて彼の息子で鉄頭太子という者が側に控えておりましたが、彼は父の嘆きを聞くとこう申し上げました。

「父上が悩むことはありません、いつもお世話になっているこの私が父上に代わりましょう。父上はもうお年を召されております、無理をしてまで行くことはありません。息子である私めこそまさに父上に代わって行って参ります。さあこれで悩むことはないでしょう?」

「おお、これはよい。だが如何せんお前は酒好きじゃ、分龍会へ行って酒を飲みすぎ、過ちを犯すのではないか? ワシはそれが心配じゃ」

「ならば今日ここで誓いをたてましょう。私がこれから先、もしまた酒を飲んで父上のお言葉に違うことがあれば、五体満足にここへ帰ることはないでしょう」

「我が子にこれだけの気持ちがあるのならワシも何の心配もない。よいか、もしお前が会へ行って、そこで皆様がお前を『叔父様』あるいは『お兄さま』と呼んでも礼儀正しくして、決して無茶をするでないぞ」

 太子は父の厳命を胸に、東海竜宮を後に致しました。

 昼夜を問わず進み続け、とある村を通りがかったとき、ふと一件の酒屋を見つけました。太子が思うに、

(父上は私に酒を飲んではならないと仰った、だがこの店の看板に「酒」と書いてあるのを見て私は酒が飲みたくてならなくなってしまった。どうしたら良かろう? いやだが、もしここで店に入って酒を飲まねば、もっと飲みたくなってしまうだろう)

 そこで店に入って店員を呼ぶと酒を買い、立て続けに何杯も飲み干すと、小銭で代金を支払って店を出ました。

 しばらくしてやっと太子は天門に到着し、南天宝得関から会場へ入って他の龍王達と謁見いたしました。そこへ明輔の職に就いた霊耀が広間に上がって腰を下ろし、集まった龍王達へこのように挨拶致しました。

「下官は明輔をするように玉旨を受け、宴の支度をして皆様をお待ちしておりました。酒宴を行っている間、軽はずみなことをなさらぬよう、また席を離れて立ち歩いたり、滅多なことを仰らぬように。もしこれに違反する者があれば天門から追い出し、降職も辞しません」

 明輔からの挨拶も終わると、先に皆に酒が振る舞われ、それから各龍王を迎え入れました。龍王達は各々の席に順次座っていきます。

 さて鉄頭太子は考えるに、

(この酒は玉帝から振る舞われた酒、年に一度しか飲めない有り難い酒だ、やはり幾らかは飲まねばなるまい)

 そう呟き終えると、またもや立て続けに数十杯を飲み干し、ついにしこたま酔っぱらってくだを巻き始めました。

「この明輔は不公平だぞ! 毎年私の父上がこの会に来ると座るのも上座だし、酒だって父上から勧めたんだ。なのに今年私が来たら、座らせるのは末席だし、酒も勧めに来ないで私を待たせるとは一体どういう道理だ? 不公平だ不公平だ!」

 これを聞いて霊耀は、

「毎年この会にいらしてるお父上にこのような態度をとったら、確かにそれは前例に背くことになろうさ。しかし今年アンタは初めてお父上の代わりにやってきたんだ、皆さんより末席にいるのが当然じゃないか。何で俺を不公平だなどと言うんだ? 俺は明輔なんだぞ、どうしてそんな真似をしなきゃならんのだ? もうアンタはかなり酔っぱらってるな、だからそんなことを俺に向かって言ったんだろう」

 と怒って、すぐに鉄頭太子を南天宝得関から押し出しました。それから龍王達に向かって、

「今日のことはあなた方とは何の関係もないことです。あなた方はすぐに帰って自分たちの土地を守るように」

 こう言うと龍王達は皆一斉に承知し、解散いたしました。


 さて太子の方は霊耀に南天宝得関から追い出され、慚愧の念に堪えず、竜宮に帰って父・老龍王に会おうとはしませんでした。そこで体を一揺すりすると、身の丈二丈にもなる大鯉魚に姿を変じ、揚州にある河で水遊びを始め、水をバシャバシャさせて波を立てていました。

 しかしなぜか突然河から水が退き、砂州の上に取り残されて身動きがとれません。そこへ一人の樵夫が柴を刈って帰ろうとしておりました。ふと砂州を見ると、一匹の大鯉が動くこともかなわず横たわっています。すかさず鉈を手にして駆け下りると、集まってきた人たちにも鯉の身を切り分けて持って行かせました。太子の方は背中を割かれて痛くてしょうがありません。涙を流しながらも奮起して体を転がすと、集まっていた百姓達を皆踏み殺してしまいました。

 瀕死の体を引きずりつつ太子は急いで竜宮へ帰ると、涙で顔中ぬらしながら、泣いて老龍王に訴えました。

「不肖この私め、父上の命に背き、酒に酔って分龍会を騒がせてしまいました。そこで父上に会わせる顔もなく、鯉に姿を変えて揚州の河で遊んでおりました。しかし突然河の水が引き、脱出することもままならないでいると、揚州の百姓達に肉をすっかり全部切り取られてしまいました。私はこのままではきっと死んでしまうでしょう、もし父上に親子の情がおありなら、どうか私に代わって仇を討って下さい」

 言い終えた瞬間、太子は死んでしまいました。老龍王は慟哭し、すぐにブチエビの精やスッポン将軍などの水族軍兵を引き連れて、波を湧き起こして揚州に攻め入ります。揚州の百姓はその水害に遭い、その苦しむことといったら休まる隙もないほどです。


 さて揚州には后土聖母娘娘という土地神がおりますが、その聖母の宝像のある廟の前が突然水浸しになり、この土地の百姓達がやってきては廟を拝んで聖母の霊感によってこの水災を退けるように祈るではありませんか。聖母は大変驚いて、すぐに天界に上奏に向かいました。

 天門にはいると、玉帝は昇殿し、百官と朝見を終えたところでした。后土聖母娘娘が伏し拝んで申しますに、

「東海の老龍王が、私の土地に水を湧き出させて、百姓を苦しめております、どうかお助け下さい」

 とのことです。玉帝はこれを聞くと、

「卿はひとまず帰りなさい。朕が玉旨を伝え、すぐに四土星君に天兵を率いて中界へ水を退きに向かわせよう」

 四土星君は玉旨を受けると、兵を連れて朝廷を出発し、中界で老龍王が水を湧き出させているのを発見しました。そこで四土星君は土嚢を積んで水を防ぐと、老龍王に打ちかかります。大敗した老龍王は竜宮へと逃げ帰りました。

 四土星君は勝兵を引き連れて后土聖母娘娘の元へ向かいました。聖母は喜んでお茶で四土星君をもてなした後、このように語りました。

「先日私の廟の前が水浸しになりましたね。廟の前には瓊花の木があるのですが、その木は今まで花を咲かせたことはありませんでした。ですが今、あの水に浸って一つの花を開いたのです。この花の芳しさといったら類い希なるもので、上は三十三天、下は五湖四海と、三界どこでもその香りを嗅ぐことが出来るのですよ。よろしければこれを玉帝に進上しようと思うのですが、いかがでしょう?」

 これを聞いて四土星君は、

「既にこの花は、素晴らしい宝石にも勝っております。玉帝に進上して、何がいけないことがありましょう」

 こう言われて、聖母も何の心配もなくなった訳です。

 さてさてこの先の展開は、それは次回のお楽しみ。