第二回 霊光 兜率宮に生まれ変わる
さて出発しようとした霊光でしたが、紫微大帝の「九曲珠の法」によって霊虚殿に連れ戻されてしまいました。
大帝が申すには、
「この畜生めが、よくも私の鎗を盗んだ上、あの小鬼どもを逃がしたな! すぐに金鎗を返せば許してやるが、さもなくば珠の中で死んでもらうぞ!」
「何言ってやがる、俺はアンタの鎗なんぞ見たこともねえや」
「お前は家来を先に家に帰しておいて、私がだませると思っているのか?」
しかし何度言っても霊光は知らん顔です。大帝が怒って呪文を唱えると、霊光はたちまち九曲珠の中で悶死してしまいました。その魂魄は空中に放り出され、フワフワとよりどころなく漂います。
さてこの時八景宮というところに大恵盡慈妙楽天尊という方がいらっしゃいました。天尊が座っていると突然空中に一筋の魂魄が見え、右へ行ったり左へそれたり、フラフラしています。天尊が思うには、
(どうやら何とかしてやらねばならんようだ。そうだ、兜率宮の赤髭炎玄大王のところへ生まれ落ちさせてやろう)
そこで早速その魂魄を手招きし、袖へ入れてしまうと兜率宮へ向かいました。
さて炎玄大王が座っていると突然妙楽天尊がやって来ました。大王が近づいていって挨拶をすると、天尊がもうします。
「実はそれがしが今日ここへ来たのは他でもない、あなたに御子を一人授けようと思ったのです。そこで生まれてきたとき、それがしがその子の体に付けた目印をお教えしましょう」
それを聞いて大王は訊ねました。
「いったい何処を見ればいいのですか?」
「まもなく公主様がご出産なさるでしょうが、その時生まれたのが男の子で、左の手のひらに『霊』の文字・右の手のひらに『耀』の文字があり、さらに三つの目を持っていればそれはそれがしが贈った子供です。もしこの三つの印がなければ、それはそれがしが贈った子供ではありません」
そう言った瞬間、公主が男の子を出産したという知らせが入り、果たして三つの印を持っていたのでした。大王は大喜びで天尊を拝謝し、彼にこの子の名前を付けてもらうようお願いします。そこで天尊は、
「ではこの子を三眼霊耀と名付けましょう。成長するのを待って、いつかそれがしの弟子として受け取りに参ります」
大王はこれまた大喜びで、天尊に別れを告げました。
光陰矢の如しといいまして、あっという間に月日は流れて霊耀が十分成長すると妙楽天尊は約束どうり霊耀を弟子にしに再び兜率宮へやって来ました。炎玄大王に挨拶をし終えると、さっそく霊耀を弟子にもらい受けに来た旨を伝えます。大王は喜んで霊耀に天尊を師匠として拝ませました。霊耀は父の言葉通り両親に別れを告げると、天尊と共に八景宮に帰りました。そこで彼は武芸十八般を習わされ、変化の術を操り、また天尊から五口冒火丹を賜りました。
ある日のことです、天尊は玉帝の御前に行かねばならない用があり、この機会に霊耀を試してやろうと、わざと鍵と金刀を童子に預けました。天尊が出発すると、さっそく霊耀は童子に訊ねます。
「おい、師父が出かける前にお前に何か言ってなかったか?」
しかし童子は
「お前に言う必要はないね」
と言うばかりです。だけど霊耀が再三詰問するので、仕方なく童子はこう答えました。
「師父は僕に金刀を見守るように言いつけたんだ、でもそれはお前は知らなくていいことさ」
それを聞いて当然霊耀は金刀を見たがりますが、童子は一向に取り合いません。霊耀が思うに、
(あいつは俺が見たいって言ってもとても聞きそうにないな、ここは一つ俺が師父に化けるしかねえか)
そこでひとまずその場を離れると、呪文を唱えて妙楽天尊に化け、童子を呼んでこう申します。
「すまんがわしの金刀を取ってきてくれ。天界の宝比べに出るのに、あの刀を持っていかねばならん」
童子はそれを霊耀だと見抜くことが出来ず、言われた通り金刀を持ってきて渡してしまいました。まんまとだまし取った霊光は火を発すると、金刀を焼いて練り上げて三角形の金磚を作り、それを懐へしまい込んでしまいました。
さてそれからしばらくして天尊が帰ってまいりました。戻ってきた師父を見て童子が申します、
「あれ? 師父は刀を持って宝比べに向かったはずなのに、何でなんにも持たずに帰ってきたんです?」
「わしは刀を取りに戻ったりしてはおらんぞ」
「え? ちくしょう、さてはあれは師父なんかじゃなくて霊耀だな!」
「いったいどうしたのだ?」
「実は三日ほど前、霊耀が僕に刀を見せてくれとせがんだんですが僕は聞き入れなかったんです。どうやらそのために、奴は師父に化けて刀をだまし取ったんでしょう」
「なるほど分かった、すぐに霊耀をここに呼んでおいで」
童子はすぐに霊耀を呼び出すと、師父の前に連れてきました。師父に審問され、霊耀は仕方なく全てを白状いたしました。
「俺は刀を練ってこの金磚を作って、しまい込みました。いつか天上界の宝比べに、師父と一緒に参加してコイツを披露するつもりだったんです」
天尊は深く追求したりはせず、こう申しつけました。
「この宝は変化窮まることなく、よく陣を守り戦を助けることが出来るだろう。大事にしまっておいて、なくすんじゃないぞ」
そういうと、どこかへ行ってしまいました。
話は変わって、玉帝が霊霄殿におわしていると西方の太白金星が上奏して申しました。
「今天界から二匹の妖怪・風精と火精が下界へ逃げ出し、風火二判官と号しております。下界の飛簾洞にひそんで妖怪達を集め、人を食らって満足することがありません。願わくば速やかに天界の将軍を取り押さえに向かわせ、人々を苦しみからお救い下さい」
玉帝はそれを聞いて大変驚き、すぐに真君達を集めて誰を妖怪退治に向かわせるべきか会議を始めました。臣下の者が言うには、
「三眼霊耀という者は、仏弟子なのですが生まれ変わって今は俗世におります。最近妙楽天尊の弟子となり、その神通は広大で、彼こそ適任でしょう」
さっそく玉帝は霊耀に天兵五千人を連れて下界へ降り、二匹の妖怪を捕らえるようにとの玉旨を伝えました。霊耀はこの命を受け、天兵と共に師父に別れを告げると今度は馬耳山へあの時盗んだ金鎗を取りに帰りました。
馬耳山王妃は息子が帰ってきたのを見て、大喜びで申しました。
「あなたは何年もどこかへ行ってしまって全然姿を見せなかったけど、今日はどうして帰ってきたの?」
「不肖私め、母上に期待され兄上に見守られてきたというのに親不孝の罪を犯しました。私は今天上は兜率宮に生まれ変わり、名を霊耀と申します」
「でもあなたが今こうして帰ってきてくれて、これからずっと一緒にいられるんだからもう私が悩むことはないわ」
「しかし私はさらに不孝なことに、勅命を受けていて下界へ妖魔を捕りおさめに行かなくてはならないのです」
「帰ってこられるの?」
「私が今こうして帰ってきたのは以前盗んだ鎗を捕りに戻ったからなんです。もしも勝てたら、その時は再びここに帰ってくるので母上は待っていて下さい」
これを聞くと王妃はすかさず金鎗を取ってきて霊耀に渡し、母子は再び別れるのでした。
さて件の風火二判官が飛簾洞において酒盛りを開いていると、突然天宮から三眼霊耀が天兵五千を引き連れてこの洞を取り囲んでいるとの知らせが入ってきました。二匹はこれを聞いて大いに怒り、洞中の小妖怪達を集めて飛簾洞を飛び出すと、大合戦が始まりました。二判官が真言を唱えると、その脚の下にそれぞれ風輪・火輪が生じます。それを操って風火二妖は突撃です。霊耀は三昧真火を吐き出して二匹を押さえ止めました。さらに三角金磚を取り出して二匹を滅多打ちに打ちのめすと、二判官は洞中へ逃げ帰って門を固く閉ざしたまま出てきません。霊耀が心の中で考えますには、
(まずいぞ、あいつらが出て来なきゃあうまくいきっこない!)
そこで一計を案じ、
「まず俺は天上界の玉女に変身し、火丹は二個の仙桃に変えて洞の中へ潜り込もう。そしてこう言うんだ、
『私は西王母様にお仕えする玉女ですが、下の方から銅鑼の響く音を聞きまして、ぜひ決闘を見たくて降りて参りましたの。でも道に迷ってしまって、路頭をさまよってたらちょうどあなた様の洞を見つけたものでお邪魔いたしました』
それから『この桃を食べれば勇気百倍、神通力もアップして、好きなだけ長生きできる』とか何とか言ってあいつらを騙して仙桃を食わせよう。もしもうまい具合にあいつらが桃を食ったら俺が火を起こして奴らを焼く。そうだそうだ、そうしよう!」
さてこちらは風火二判官、霊耀に負けて洞へと逃げ込み、悩んだ末に小妖怪達に洞の門を固く閉めさせ、決して開けないように言いつけました。そこへ一人の仙女が洞内へ入ってきました。そう、あの霊耀が化けた玉女です。不審に思って二匹が訊ねました。
「てめえ何しに来やがった?」
問われて玉女は前へ進み出ると先ほど考えたセリフを答えました。風火の二匹は仙桃を見ると些か気をよくし、喜んでこう申します。
「そんなら俺達と一緒に桃を食おうぜ。しかしアンタが食わないってんなら叩き出すからな。そうじゃなきゃアンタも一緒に食おうじゃないか」
仕方なく玉女が口先でだけ承知しますと、二判官は小妖怪に仙桃を持ってこさせ、それを半分づつに分けて口に放り込みました。すると途端に歯は抜け落ち、腸は煮えくり返ります。二匹が驚いていると霊耀は正体を現して、
「このバカめ、俺の火丹を食ったからには、さっさと降参しやがれ!」
二匹は霊耀が姿を現したのを見てさらに驚いて逃げだそうとしますが、霊耀が呪文を唱えると火丹が効いて二匹は体内から焼かれ、立て続けに悲鳴を上げました。こうして霊耀は無事風火二判官を取り押さえ、さらに風輪・火輪の二つの宝を手に入れると、勝利を手にして天上界へ帰るのでした。
一方天界では玉帝が霊霄殿に昇っていると、霊耀が風火二匹を連れて帰ってきて、これまでのいきさつを上奏いたします。玉帝は大変満足して風火二妖を冥土へ送りました。そうして霊耀を火部兵馬大元帥の職へ封じることにいたしました。霊耀が感謝の言葉を言い終えない内に、傍らに立っていた日官の鄧化という者が進み出て申しました。
「霊耀はホンのちょっと手柄を立てただけのこと、ここで霊耀を元帥になさっても、臣下の者たちは納得いたしますまい。そこで、私と霊耀が気勢を競って、もし霊耀が私より勝っていればこの職を授けてもよろしいでしょう。しかし私の方が優れていれば、彼はこの重役を授けるに値しません」
この言葉を聞いて、玉帝は玉旨によって霊耀と鄧化に勢を競うように命じました。
二人は玉旨を賜ると朝廷を出て勢を競い、戦うこと十合もしないで鄧化は霊耀から一打を受け、その顔は慚愧に堪えません。霊耀の方は彼を放っぽって駆け戻ると、朝廷に帰って玉帝に謁見し、鄧化が負けたことを奏上いたします。玉帝は大喜びで、すぐに霊耀を火部兵馬大元帥の職へ封じました。
ここから一体どうなるか、それは次回のお楽しみ。