第五回 華光 南天宝得関を焼く

 さてある日のこと、東海李龍王は誕賀の宴を開きました。龍宮内に酒宴を張り、その宴席で聚宝珠を放つと、天空は輝きに満ち、紫霧が立ちこめ、闇夜をことごとく照らし出しました。龍王は大いに宴を楽しみ、酔っぱらってしまいました。

 その様子を、思いがけなく華光が天眼を開いて地上から観察しておりました。聚宝珠が光り輝く様を見た華光は、呪文を唱えると身を揺すって一匹のエビに姿を変え、海中に潜って龍宮に忍び込み、聚宝珠を手に入れてしまいました。そうして元の姿に戻り、大喜びで洪玉寺に帰ると宝珠はしまい込んでしまい、このことは師匠にも知らせませんでした。

 李龍王が酒から醒めると、あるはずの聚宝珠が見あたりません。龍王は大変に驚き、水族の者たちに訊ねてみましたが、皆口を揃えて「知らない」と申します。至る所を訊ねて回りましても、痕跡すら全く見あたりません。そこでこれは誰か妖怪が来て盗んでいったに違いないと思い、やむを得ず南海の観音菩薩に訊ねて、はっきりさせてもらうことに致しました。

 そう決めると、龍王はすぐに龍宮を飛び出して南海普陀落伽山へ赴き、観音菩薩に謁見いたしました。菩薩はその慧眼を開いて一瞥し、こう申されます。

「あなたの宝珠を盗んだのは他でもありません、華光がエビに姿を変え、あなたの龍宮までやって来て持っていったのです。彼は今中界の朝真山洪玉寺で勧善大師に弟子入りしています。あなたが宝珠を取り戻したいのでしたら、そこへ行かれると良いでしょう」

 これを聞いた龍王は菩薩に別れを告げ、早速龍宮に帰って水族たちを引き連れて朝真山へ殺到し、洪玉寺を取り囲んで天にも届かんばかりの大声で怒鳴りつけました。火炎王光仏はちょうどその時禅壇で座禅を組んでおりましたが、外から華光に宝珠を返せと要求する叫び声が聞こえて来るではありませんか。光仏は大変驚き、すぐに華光を呼び出しました。

「華光、今日ここに龍王とその水族が攻め入ってきてお前が彼の宝珠を盗んだと言っているが、それは本当かね?」

 これを聞いて華光、

「お師匠様には嘘はつきますまい、その宝珠でしたら確かに私が持っております」

「竜王はお前に帰せと言ってきているが、どう言い訳するつもりだね?」

「お師匠様がご心配されることはありません。私自ら行ってあいつらを追い返してやります」

 そこで華光は師匠に一言断ると、すぐに寺門を飛び出して龍王と顔を合わせました。龍王はこのように申します、

「貴様は何だってわしの宝珠を盗んだのだ? 素直に返せばよいが、少しでも文句を言おうものならブチ殺してくれる!」

 華光、

「一体誰が俺がお前の宝珠を持ってるって言ったんだい?」

「わしが酒から醒めたら宝珠が見えないので、南海まで行って観音菩薩様にお尋ねしたところ、貴様が盗んだと教えて下さったのだ」

「菩薩が『俺だ』と言ったからには仕方ねえ。宝珠なら今ここに持ってきてるが、さあアンタは一体どうする?」

 これを聞いて竜王は大変に怒り、手にしていた大刀で斬りつけてきました。華光もそれを迎え撃ちます。戦うこと三十合もしないうちに龍王は華光に打ち負かされ、水族兵を引き連れて龍宮へと逃げ帰っていきました。華光は寺に戻ると大喜びでこのことを師匠に報告いたします。

 華光が無事戻ってきたのを見て、光仏が申しました。

「私は今日天界へ昇って玉帝陛下にお会いしようと思っていたが、たまたまお前にあんな事が起きてしまったのでまだ行っていないのだ。今日はゆっくり休んで、明日天界へ行こうと思う」

 そうして華光に寺門に座り込んで守るように命じました。しかし華光はそれを聞くと、突然涙をこぼしました。大師は慌てて訊ねました。

「どうしてお前は泣いているんだね?」

 聞かれて華光は答えます、

「私は進んで天界から逃げ出し、ここでお師匠様に付き従っておりますが、朝夕に会うことの叶わぬ父母に思いを馳せております。私は帰ることは出来ませんから『鞍を見て馬を思う』や『遺品を見て悲しくなる』の心境で、天界に関わることは全て感傷を催すのです。その為今お師匠様が天界へ行かれると聞いて、こうして涙を流しているのです」

「お前がそれほどまでに孝行者ならば、私が一緒に天界まで連れていってやるとしよう。ただしもめ事を起こしてはならんぞ。もし母上に会ったらすぐに帰っておいで」

「もしお師匠様が天界へ連れていって下さり、父母に会えたら私はとんでもない果報者です。どうしてもめ事など起こしましょう!」

「よしよし。それではこの仏兒珠をお前に与えよう。これを首にかけたら私が真言を唱える。そうすればお前が天界へ行った時に誰かが照魔鏡を使ってもお前が照らし出されることはないし、ただの小坊主だと言うことが出来る。お前は安心してご両親に会ってきなさい。そしてそれがすんだら私が下界に降りてくるのを待って、来たときと同じように私と一緒に帰ろう」

 これを聞いて華光は大喜びです。大師はすぐに仏兒珠を華光の首元にかけると、真言を唱えて一緒に天界へ昇りました。


 さてちょうどその時兜率宮の赤髭炎玄大王夫婦は、行方の知れない息子の身を案じておりました。しかしそこへ突然公子が帰ってきたとの報告が入り、大王夫婦は大変喜んで華光を迎えました。

「お前が行ってしまった後、私たちはお前がどこに落ちたのかも分からず、いつだって気にかけていたんだよ。今日は一体どうして天界へやって来ることが出来たんだい?」

 華光は父母に申し上げます。

「私は父上たちと別れた後、身を落ち着けられるところもなく、やむを得ず下界へ降りていきました。その中で朝真山洪玉寺にたどり着き、火炎王光仏を師と拝して仏門へ入ったのです。今日はお師匠様がここまで私を連れてきて下さったので、こうしてお二人にお会いすることが出来ました」

 それを聞いて大王は不安そうに言いました。

「お前が前に化と戦って下界に降りた後、化は玉帝に上奏しに戻ってきたんだ。玉帝は大変お怒りになられて、太子を玄華殿へ使わして軍備を整えて、お前を下界まで捕まえに行こうとしているぞ。だから今日はここに一晩泊まって、明日の朝早くに下界へ帰ればいい。もめ事を起こして心配させたりしないでおくれ。もし玉帝に知れたら、ただではすまされないぞ」

 華光、

「父上も母上もご心配なく、私にだって分別があるのですから」

 その夜、華光は両親が寝付いてから考えました。

「むかつくな、金鎗太子の奴。俺の捕まえるために兵まで集めやがって。そうだ、俺が天界の軍人に姿を変え、偽名も使ってあいつの部隊に従軍しよう。そしてもし俺を採用して奴の軍営に入れたら、そこで喧嘩をふっかけ、あいつをぶっ殺して下界へ戻ろう。そうだそうだ、そうしよう!」

 その翌日、両親に別れるときに華光はただこう言いました。

「それでは私はお師匠様と一緒に下界へ参ります」

 大王夫婦は華光の企みに気づかず、華光に気を付けて逃げるように言い含ませ、いつかお許しが出て彼がまた天界に帰ってくる日を待つのでした。


 華光は両親と別れると、玄華殿へと向かいます。そして身を一揺すりすると身長は一丈・腰回りは十圍・威風凛々とし闘気が立ちこめる、手には長槍を持った一人の軍人に姿を変えると太子に謁見いたしました。太子は一目その姿を見るとこう訊ねてきました。

「お前、名は何という?」

 そこで華光は昨晩考えておいた嘘を並べ立てます。「臣姓は陳名は三郎と申します。太子が下界で華光めを捕らえるため兵をお集めと聞き、討伐隊に加えていただきに参りました」

 太子は華光の変身した青年の姿が素晴らしいので大喜びです。

「是非明日父上に会ってくれ。そなたなら前部先鋒になれるぞ。保証しよう」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、華光が本性を現して手にしていた槍を太子へ向けて突きつけてきたので、周りの軍人たちは大慌てで逃げ出しました。太子も慌てて北極駆邪院へ逃げ込み、梭婆鏡の後ろへ隠れました。

 華光も太子を追いかけて駆邪院までやって来ましたが、太子の姿は見えず二匹の妖怪がいるばかりです。実はこの妖怪たちは梭婆鏡によって鎮められていたのです。ですから華光が太子の行方を尋ねたとき、妖怪たちは華光にこの鏡を打ち壊して欲しくて、すぐさまこう答えました。

「太子でしたら、この鏡の後ろに隠れてますぜ!」

 華光はこれを聞くとたいそう怒り、金磚を取り出すと梭婆鏡を撃ち破りました。おかげで金睛百眼鬼と吉芝陀聖母の二匹の妖怪はそれぞれ下界へと逃げ出したのです。

 一方太子は鏡が割られたのを見て、大声で叫びました。

「華光が天門に潜入し、天宮を騒がしているぞ! 誰か引っ捕らえろ!」

 あたりの天将たちはそれを聞きつけ、皆華光を捕まえに集まってきました。さすがの華光もとても対抗しきれず逃げ出します。東西南北、あちこち逃げ回りましたが、とても逃げ切れません。

 とうとう華光は北方の玄天上帝が守護している場所に辿り着きました。華光は上帝に一目会うなり、ろくに話もせずにいきなり金磚を投げつけました。しかし上帝が手にしていた七星旗をはためかせると、金磚は旗に巻き取られてしまうではありませんか。焦った華光は今度は風龍と火龍を投げ放ちましたが、これまた旗に巻き取られます。華光は驚いて、最後の手段とばかりに火丹を放り投げますが、これも同じことです。もう後のなくなった華光は破れかぶれで戦いを挑みましたが、上帝が壬癸水を操ると一斉に華光に水が注がれました。さらに上帝が降水棒を使って押さえつけると、華光は身動き一つとれなくなってしまいました。

 そもそも華光とは釈迦如来のランプが年月を経て、如来の唱えた真言によって人間の姿を得たものです。つまり華光は火の精・火の霊でありまして、それがたまたま上帝が治める北方の、五行でいえば水の地にやってきたものですから、逃げ出すことも出来ずにこうして上帝に捕まってしまったのでした。

 上帝、

「この愚か者め! 世の道理を知らぬと見える。お前は何だって天宮に背いて太子を殴ったりしたのだ。さあ、何か私に言うことはあるか?」

 華光は手足を動かすことも出来ず、泣きながら申しました。

「私は金鎗太子に追い立てられて、仕方なくここまでやって参りました。今日こうして上帝に捕まりましたが、もし御慈悲のお心があれば、どうか私めをお助け下さい」

 上帝、

「私には部下として三十五人の天将がいる。もしお前が邪心を改め正道に帰すなら、私に服従して三十六人目の部下になれ。そうすれば助けてやろう」

 これを聞くと華光はすぐさま申しました。

「上帝がもし私を助けて下さるなら、私はすすんで帰順し、永遠に逆らうことはございませんとも」

 それを聞いて上帝は一粒の聚水珠を取り出すとそれを米粒に変え、華光に飲ませました。そしてこのように言い含めます。

「今飲ませた米は私の聚水珠の形を変えたものだ。もしこれからお前が言うことを聞かなければ、私が呪文を唱える。そうするとお前の腹の中で水が沸騰し、七日で死に至るぞ」

 華光、

「もしお慈悲をいただけますなら、いつまでだって従います」

 それを聞いてやっと上帝は降水棒を持ち上げ、華光を放しました。ようやく自由の身となって、華光は申しました。

「お師匠様が私を召して下さったのはよいのですが、如何せん天兵どもが私を捕らえようとしております。どうやって天界を逃げ出しましょう?」

 上帝、

「お前は火の精なのだから、南へ向かえばいい。南方は五行では火だから、火の力を借りて南天宝得関を焼けば、天界を抜け出すことが出来るだろう。お前は我が北方にいるが、せっかくお前が戦えるように水をどけてやったのになぜ行かんのだ?」

「お師匠様にお知恵を授かりはしましたが、私の宝貝はみなお師匠様に盗られてしまいました。どうして行くことが出来ますか?」

 そこで早速上帝は取り上げた宝貝を華光に返しました。

 華光は上帝と別れると、真っ直ぐ南天宝得関へ向かいました。見ると関門は堅く閉ざされております。そこで華光は指先から三昧真火を放ち、南天宝得関を焼き払ってしまいました。天兵たちは関門が焼けているのを見ると火を消すことに気を取られています。この隙に南方から逃げ出し、下界へ降りていきました。

 一方、金鎗太子の元にに華光が関門に火を放ったこと、そこから下界へ逃げ出したことなどの報告が入りました。これを聞いて太子はついに天兵たちを収め、玉帝に上奏文をしたためましたことはそれまでといたします。

 さてこのお話一体どうなりますやら、それは次回のお楽しみ。