第十一回 哪吒 兵を引き連れ華光を収めんとす

 さて玉帝が昇殿し、群臣と朝を終えると、伝表官が上奏して申しました。

「下界から文殊と普賢の両名が上奏文を奉りにまいりました」

 玉帝は上奏文を持ってこさせました。文殊と普賢が上奏文にしたためますには――


『華光の奴めは下界を騒がせ、全く心を入れ替えず、我々の山になぐり込んできて文瑞院を占領し、またもや謀反を起こそうとしております。願わくば陛下、どうか早急に名案を企て、後患をお取り除き下さい』


 玉帝はこれを読んで激怒し、群臣に相談いたします。

「今文殊と普賢の両名が上奏するには、華光が下界で暴れ、清涼山を占領したそうだ。朕は兵を起こし華光を捉えようと思うが、誰が兵を率いて出馬すべきであろうか?」

 文曲星・余柯が進み出て申し上げます。

「臣は毘沙宮の李靖天王の子で、名を哪吒と申す者を推薦いたします。この者は神通力も広大で、法力は無辺でございます。また一個の綉球の中に十六人の家来を有しており、五千名の雄兵を引き連れ、戦に挑んでは勝利を招き、負けた試しはございません」

 玉帝はこれを聞いて大喜び。すぐに哪吒を殿に呼び出すと、彼に遠征寇大元帥の位と金花二つ・御酒三杯を与え、殿中を花飾りで飾って送り出したのでした。



 哪吒は玉帝から命令を受けるとさっそく自軍の点呼を取り、南天宝得関から下界の離婁山へ向けて出陣いたしました。まずは陣営を建てると部下の者に挑戦状を書かせ、誰か先陣を切りたい者はいないかと訊ねます。最初に名乗りを上げたのは先鋒の独角逆鱗龍です。

「どうか願わくば、それがしに行かせて下さいませ」

 そこで哪吒は逆鱗龍を遣わすことにいたしました。逆鱗龍とは、一体どんな姿だったかですって? 頭の上には角が一本、目玉はあたかも金の鈴、むき出した牙は猛虎にも似、伸びた爪は人喰い狼の如し。身じろぎすれば砂が舞い、立てば身体は空まで届く――といった出で立ちです。

 さてその逆鱗龍、横に槍を携え馬を留め、威風堂々と洞の前に立ちはだかり、大声で華光を呼びつけました。華光は哪吒の挑戦状を見て大いに腹を立て、逆鱗龍に斬りかかりました。五十合ばかり争いましたが、まだ勝負は付きません。そこで華光はわざと負けたフリをして逃げ出し、逆鱗龍が追ってきたところへ三角金磚を投げつけました。逆鱗龍は防ぎきれず、金磚に角を打たれて頭から鮮血を吹き出させたから大変です。慌てて本陣へと逃げ帰り、哪吒に華光の神通力について語るのでした。

 とうとう哪吒は自ら出陣し、華光と戦うことにいたしました。哪吒が出陣するとき、どんな姿だったかですって――? 頭に紅花金紫の圏をはめ、身体に纏うは八宝甲冑、足に履くのは緑線の黒い革靴、左に花花綉球を抱え、右に九節銅鞭を挿し、手には長槍を携えて、紅い鬣の白馬に跨り、声も高らかに怒鳴りつけたのでした。その声を聞いた華光が洞から出てきて、

「元帥さんよ、あんたはまだ俺がなんで悩んでるかも知らねえんだろう? なのに何だって兵を引き連れてそんなにがむしゃらに喧嘩をふっかけてきやがるんだ?」

 哪吒、

「お前は仏の弟子だろう。以前世尊に諭され、玉帝陛下は自分のかつての過ちを認めてお前を釈放された。つまり、陛下はお前の罪をお許し下さったんだ。だがお前はまだ心を入れ替えずにまた下界で悪さをしようとしている。だから俺が今天兵を引き連れ、戦いに赴いてやったんだ! とっとと馬から下りてお縄を頂戴しろ。もし逆うつもりなら、お前の命はないぞ!」

「俺には元々下界を荒そうなんてつもりはねえ。玉帝が戦いをふっかけて来なきゃ、何も起きなかったんだよ!」

 言い終えると、すかさず哪吒に打ちかかり、辰の刻から酉の刻に至るまで争ってもまだ勝負は付きませんでした。二人は一旦戦い終え、翌日もまた戦いましたが、それでもまだ勝負が付きません。華光、

「こんな事は珍しいな。明日は宝で勝負を決めよう」

 哪吒、

「よし、明日は宝比べだ」

 こうして二人はそれぞれ帰っていきました。

 次の日、五更の太鼓が鳴って夜が明ける頃、二人は出陣いたしました。華光が金磚を投げつけると哪吒は綉球を蹴り上げる、華光が風火輪を操れば哪吒は金紫圏で迎え撃つ、華光が火鴉を放てば哪吒は五百鬼兵を繰り出すという有様です。またも一日中争ったのですが、結局勝敗は付かず、各々兵を収めたのでした。

 哪吒が陣営に戻って座っていると、八角頭陀が進み出て申し上げました。

「それがしが出馬しました暁には、必ずや華光めを捕らえてまいりましょう」

 それを聞いて哪吒はすぐに彼と共に出馬し、八角頭陀は華光と相争いました。しかしすぐに華光に金磚を投げつけられ、三本の角が折られてしまいました。頭から血をたらたら滴らせて、逃げ戻ると綉球の中に入って養生いたします。

 今度は九天八角同波羅龍が進み出て、出陣したい旨を訴えました。哪吒はそれを聞いて、

「先ほどは八角頭陀でさえ打ち負かされたんだ、お前にどんな神通力があって行きたいというのだ?」

 羅龍、

「それがしは奴めと戦っている時に神通を顕わし、華光を水中に引き入れてあやつを溺死させてみせましょう」

 哪吒はこの作戦に大喜びです。早速羅龍は出馬しますと、華光と相争い、作戦通り華光を水中に引き入れることに成功いたしました。しかし驚いたことに、華光は水中の中で最もその神通を発揮するのでした。水中で羅龍との打ち合いが始まります。しかし羅龍はもはや打つ手もなく、すっかり華光に打ち負かされて逃げ帰りました。

 哪吒はこの事態に大いに腹を立て、再び自分が出馬しようといたしました。そこへ和合二神が進み出て、

「隊長が出馬するには及びませぬ、それがしら二人に行かせて下さいませ」

 哪吒、

「お前たち二人はどんな神通があるんだ?」

「私共は玉如意と申す宝を持っておりまして、呪文を唱えて動かせば華光を捉えることが出来ます。そして我が弟の宝珠菓盒に封じ込め、必ずや隊長の元へ連れてまいりましょう」

 哪吒はそれを聞いて、細かく注意を言い付けた上で二人を出馬させました。華光と二人が相争う内に、華光は金磚を投げつけますと、なんと金磚は二人の玉如意に招き寄せられ、菓盒に封じこめられてしまいました。次に火丹を投げつけても、同じように取られてしまいます。華光は慌てて、風火二輪條や火鴉も取り出しましたが、どれも皆同じことです。ついには金鎗を取り出しましたが、とうとう華光自身も菓盒に封じ込められてしまったのでした。和合二神は大喜びで、すぐに哪吒に見せに帰ろうとしたところへ、突然小軍の兵がやってきて二人に声をかけました。

「華光はお二人に封じ込められてしまったのですか?」

 二人、

「ああそうさ、華光は私たちが閉じこめてしまったよ」

 その言葉が言い終わらぬ内に、ちょうど菓盒の中に閉じこめられて酔ったような目が回ったような状態だった華光が、兵士に名前を呼ばれて菓盒の中で跳ね起きました。

「てっきり布団で寝ているような気でいたら、何とあいつらに閉じこめられちまってたか。もしあの兵士が俺の名前を呼ばなけりゃ、危うく奴等に捕まるとこだったな」

 すぐにでも神通を使って菓盒から抜け出そうといたしましたが、どうも身体が思うように動きません。そこで火丹を取りだし、火を付けて菓盒の蓋に小さな穴を開けました。外が見えるのを見て、華光は大声で怒鳴りながら外に出てくると和合二神に打ちかかりました。二人は大敗して哪吒の所へ戻ったのでした。

 哪吒は怒り狂い、再び自分が出馬しようといたしました。そこへ名を霹靂大仙という者が進み出て、こう申します。

「それがしは五方蠻雷というものを操って人を打つことが出来ます。この度奴めが私と戦えば、必ずやあやつを撃ち殺してご覧に入れましょう」

 哪吒、

「よく気を付けるんだぞ」

 霹靂大仙はすぐに出発し、華光と相争いました。戦いも半ばになり、大戦はわざと負けたフリをして逃げ出し、華光は後を追いかけました。そこへ大仙は呪文を唱えて五方蠻雷を操り、華光を打ちました。華光もこれにはたまらず、逃げ帰ります。霹靂大仙が哪吒の所へ戻ってこのことを報告しますと、哪吒は大喜びで大仙を褒め称えるのでした。

 さて華光は逃げ帰った洞の中で、考えておりました。

「あの野郎にこんな神通力があるとすると、どうやって計を破ったもんかな?」

 思いを巡らしているところへ、火漂將が進み出て申し上げますには、

「明日天王様が奴と戦う際に、分身を一つ作っておいて、奴にはそれと戦わせるのです。天王ご本人は空中に身を隠して、五方蠻雷が打たれるのを待ち、そこへ金磚を投げ落とせば、蠻雷は金磚に当たるでしょう。その後は、奴が怯んだ隙に勢いに乗じてやっつけてしまうのです。いかがですかな?」

 華光はこの作戦に大満足です。

 次の日、哪吒は再び霹靂大仙を遣わして戦いを挑んできました。大仙は再び五方蠻雷を操って打ってきますが、華光は分身を作って大仙と戦わせ、本身は空中に隠してしまいました。金磚は投げ落とされるわ、五方蠻雷は当たらないわで、霹靂大仙はすっかり打ち負かされて哪吒の元へ逃げ帰ったのでした。

 哪吒は呑世界鬼に申しました。

「お前は世界の全てをも飲み込むことが出来るのに、なぜ出陣して華光を飲み込まんのだ?」

 呑世界鬼、

「哪吒様に申されるまでもなく、ワシもそのつもりでしたとも。まあワシが行ってきますので待ってて下さい、きっとあのならず者を飲み込んできて哪吒様にお目にかけましょう」

「気を付けていくんだぞ!」

 呑世界鬼はすぐに出発し陣の前までやってくると、華光に打ちかかりました。やがて呑世界鬼はわざと負けたフリをして華光の隙をつくと、ぱっくり口を開いて彼を飲み込んでしまったのです。すぐに哪吒にこの事を報せようと本陣の前まで帰ってきますと、その姿を見た一人の小軍兵が声をかけました。

「華光の奴、あなたに飲み込まれてしまったというのは本当ですか?」

 さて飲み込まれていた華光はと申しますと、呑世界鬼の体の中でクラクラフラフラしておりましたが、この言葉を聞いて突如酔いから覚めたようにシャッキリし、立ち上がって脱出を試みましたが先ほどのように穴を開けることは出来そうにありません。そこで火丹を一つ呑世界鬼の腹の中で燃やしました。腹を焼かれて呑世界鬼は七転八倒の苦しみようです。

 華光、

「もしてめえが素直に口を開いて俺を出せばよし、だが口を開かなけりゃてめえが焼け死ぬだけさ」

 呑世界鬼はやむを得ず口を開きますと、華光は奮い立って飛び出してきて呑世界鬼に打ちかかりました。しかし結局呑世界鬼は大敗し、華光が勝ち鬨をあげて陣営へ帰っていったことはそれまでといたしましょう。

 さて、呑世界鬼は敗軍の兵を引き連れて哪吒にそれまでのことをすっかり話しました。哪吒はこれを聞いて思い悩みました。

(華光にこんな神通力があるなら、勝つことは出来そうもない。どうしたら良かろう。もし何か一つでも功を成せなければ、天曹へ帰ることもできやしない……)


 毎日毎日、哪吒は煩悶しておりました。そこへ手下の一人で、名を辟温使者と申す者が進み出てきて申し上げますには――

「私が聞いたところによりますと、あやつめで最も恐ろしいのは金磚だそうでございます。この金磚はかつては八景宮の天尊の金刀で、華光に盗まれ、練り上げられて金磚にされたものであります。そこでこの私が八景宮の金刀童子に化け、華光に会いに行ってこう申しましょう。『八景宮の師父が、私にお前の所まで金磚を取ってくるように言われたのだ。何でも宝会に持って行かれるそうだから、会が終わったらすぐ返しに来る』とね。奴が私に金磚を受け渡したら、すぐに持ち帰って隊長にお目にかけましょう」

 哪吒はそれを聞いて大喜び、辟温使者に注意を言い付けてると早速その計画を実行させました。

 金刀童子に化けた辟温使者は、離婁山に着くと華光に会い、申しました。

「お師匠様が宝会に行かなけりゃならないんだが、僕に会に持っていきたいからお前から金磚を受け取って来いって申されるんだ。会が終わり次第、きっと返しに来るよ」

 華光、

「今ちょうど哪吒の奴と闘ってるからこれがいるんだが、お師匠様が必要とされていらっしゃるんなら従わないわけにはいかないなぁ。もし会が終わったら、急いで俺に返してくれよ。お師匠様にもこいつの在処は大事だから、きっとお間違えのないようにと伝えてくれ」

 そう言うと、にせの金刀童子に金磚を渡してしまい、別れを告げたのでした。

 千里眼と順風耳はこの時出陣していて外にいたのですが、金磚が辟温使者に持ち出されそうになったのを看破し、慌てて洞内に戻って華光に報せましたが、時既に遅く、金磚は使者に持ち去られてしまいました。華光がこの上なく悔しがり、悶々として気持ちは晴れないことはそれまでといたしまして――



 さて、使者は見事に金磚をだまし取ることに成功し、本身を顕わすと哪吒の元へ金磚を届けました。哪吒はそれを見て大喜びで、勝利の太鼓を鳴らしながら兵を率いて天曹へ帰りました。

 玉帝が昇殿すると、哪吒は上奏して、

「華光は仏法の神通力を備えておりまして、臣共と一月闘いましても、まだ勝敗は付きません。そこで臣は華光の一番の宝である、三角金磚を奪ってまいりました」

 と言うと、玉帝の御案に金磚を献上いたしました。

 玉帝、

「卿は兵を伴って下界へ下り、未だ華光を収められぬと聞いておったが、幸いにしてこの宝を奪ってくるとは、真にこれ卿の功績だの」

 そして玉帝は臣下の者へ金磚は宝物庫へ収めるように言い付け、すぐに哪吒のための宴席を設け、金花をお与えになり、花飾りで飾って朝廷から送り出したのです。

 それが終わると、玉帝は群臣へ問いかけました。

「華光の奴を取り収めるのにはどうも手こずるが、一体どうしたものか?」

 群臣が上奏して曰く、

「私どもが聞くところによりますと、彼が暴れるのも全ては母親のため、彼は大変親孝行者です。ですが如何せん性分なのかひどく怒りっぽく、取り収めることは出来ますまい。元を正せばごく僅かな恨みによるいざこざが陛下の御耳に入り、故に罪を得ただけのこと。どうか陛下、再び赦免の書状を一筆書かれ、彼のかつての罪をお許しになり、大目に見てやってはいかがでしょうか。もし奴が母親を無事取り戻し、それでもまだ邪心を改めず正に帰さねば、その時また兵を興すのでも遅くはありますまい」

 玉帝はこの言葉を聞き、すぐに前方に侍っている将軍・崔通に、玉旨を持たせて離婁山へ向かわせたのでした。



 華光は玉旨と聞いて使者を迎え入れました。使者は玉旨を読み上げることには――


『朕は、もし卿に忠孝の心があれば謀反人として扱ったりはせぬのに、と考えておった。だが度々討伐隊を興したところによると、卿は「全ては母のため」と申していると聞く。朕は今卿が母上のために動いていることを知り、卿が大事を成すまでの間は僅かな仇を晴らそうとすべきではないと、こう考えておる。卿がもし母上を救わんと思うなら、禍を成さず、戦も休戦いたそう。朕の旨はこの通りである、卿もまた再び妙な騒ぎを起こさぬように。もし母上を捜し尋ねるつもりならば、手柄によって罪を償うがよい。叩頭して恩に謝す』


 華光はこの言葉に感謝し、使者を歓待した後天曹まで見送りました。しかし、思うに――

「天兵が今玉旨を持ってきてくれたおかげで、俺の心は晴れ晴れしてる。だけど、この前金磚を騙し取られちまったから、宝が使えやしねえ。こんなんじゃどうやって母親を捜したらいいんだ?」

 思い悩む内に、涙が零れてまいります。そこへ千里眼・順風耳の二人が進み出て、申し上げました。

「天王、悩まれることはございません。なぁに、誰かがワシらを騙したなら、今度はワシらが別の誰かを騙せばいいんですよ。この辺りに鳳凰山って山があって、山中を玉環聖母ってヤツが守ってます。そこに金塔という物があるんですが、これは投げつければ千変万化すること窮まること無しって一品です。そこで提案なんですが、もし天曹で宝比べの会があると聞いたら玉環聖母は間違いなくこれを持って会に参加するでしょうさ。そこで、天王は天曹の使いに化けて、聖母からその塔を騙し取り、練り直して金磚を作れば前とちっとも変わるところはありませんや。ね、天王は何にも悩むことはないんですよ」

 華光はこれを聞いて大喜びです。身を一揺すりすると、ニセの天界の使者に化けて、あわただしく出かけていったのでした。

 さてはてこれからどうなりますやら、それは次回のお解き明かしにて――