第十七回 華光 三度鄷都へ下る
さて華光は戻ってくると鉄扇公主と相談し、鄷都へ母を助けに行こうといたします。
公主、
「どうやって行かれるのです?」
華光、
「俺は天界からの使いに化けて、鄷都王に会いに行く。そして玉帝の命により遣わされて幽鬼どもを天界へ引っ立てて行くのだと言えば、きっと連中騙されて母上のことを差し出すさ」
「それは名案ですわ」
さっそく夫婦がそれぞれに別れましたことは、さておきます。
さて鄷都王が仕事をしておりますと、韓元帥・関元帥の二人が護る鄷都門に、天界からの使者がやってきたとの知らせがありました。鄷都王は謁見の礼を終えて、尋ねます。
「使者殿は何故こちらにいらっしゃったのですか?」
使者、
「玉帝の命により遣わされて参った。幽鬼どもを裁く為、天界に引っ立てるのだ」
これを聞いた鄷都王は、どうしたものか二元帥に尋ねます。
二元帥、
「天界の使者として来ている以上、真偽を質すのはやや面倒です。照魔鏡を持ってきて照らしてみては如何でしょうか」
使者、
「そんな必要はないぞ!」
二元帥、
「どうも怪しいですな」
そこで照魔鏡を取ってくると、華光は慌てて飛び出し、空中に逃げ込みました。
二元帥が鄷都王に申します。
「奴の母親こそ、龍瑞王に捕らえられて、ここに幽閉されておるあの吉芝陀聖母です。そこへ奴め、天界の使者などに化けてくるものだから、怪しまれて当然です。
あの聖母は刑期に従って拘束し、清華宮の太乙救苦天尊に言われたらすぐ差し出せるようにしておるのですから、華光の奴めが天尊に化けてきたら、危うく逃げ出されるところでしたな」
実は華光、空中でこの話を聞いておりました。そこでひとまずは離婁山に戻ることといたしました。そして公主に言うには、
「俺は今天界の使者に化けて鄷都に行ってきたが、奴ら疑心暗鬼で、照魔鏡でもって俺の正体を照らし出すからばれちまったんだ。しかし俺は空中で聞いていたんだが、どうやら俺が太乙救苦天尊に変じて行けば、鄷都の奴らすっかり騙されるに違いない。そこで今度は天尊に化けて行こうと思うんだ」
公主、
「そういうことでしたら、あなたさっそく天尊に変身なさったらいかが」
相談を終えますと、華光はすぐさま太乙救苦天尊に化け、陰司に向かい、再び鄷都に下ったのでした。
さて、鄷都王の元に今度は太乙救苦天尊が来たとの知らせがありました。鄷都王が迎え入れて席を勧めて訊ねます。
「天尊がわざわざこちらにいらっしゃるとは、一体どんなご用件で?」
偽天尊が答えて言うには、
「幽鬼を天界まで連行しに参った」
これを聞いた二元帥、
「やっぱりちょっと照魔鏡で照らしてみましょう。ついさっき華光が使者に化けて聖母を連れ出そうとしましたから、今はちょっと注意が必要ですぞ」
偽天尊、
「そなたらとは知らん仲でもあるまいに、なんだって調べる必要があるのだ?」
元帥、
「これは大事なことですからな」
そう言って照魔鏡で照らしてみますと、またもや華光が逃げ出しました。
二元帥は鄷都王に報告します。
「危うく、またもや奴の策にはまるところでした」
鄷都王、
「元帥よ、そなたたちはどうして奴だと分かったのだ?」
「もし本当の天尊が鄷都にいらっしゃるのでしたら、こんな風には参りません。天尊は九頭獅子に車を牽かせ、弟子を伴い、金襴の袈裟を見に纏い、左に金童、右には玉女を連れ、九環錫杖を手にし、金の鉢孟に甘露水をよそい、五明扇で鄷都門を扇ぎ開け、金睛獨眼鬼にあたりを照らし出させて、ようやく進まれるのです。そうでなくてはここは真っ暗、どうして前に進むことが出来ましょう?
奴は身一つでやって来ました、我らが疑うのも無理はないのです」
ところで、華光はこの話を雲に隠れて聞いておりました。離婁山に帰ると、公主に愚痴をこぼします。
「俺はまた照魔鏡に照らされて正体がばれちまったよ。
本物は九頭獅子に車を牽かせ、弟子を伴い、金襴の袈裟を見に纏い、左に金童、右には玉女を連れ、九環錫杖を手にし、金の鉢孟に甘露水をよそい、五明扇で鄷都門を扇ぎ開け、金睛獨眼鬼にあたりを照らさせてやっと進むんだとよ。
そんなにたくさんの宝がないと鄷都にいけないんじゃあ、とても母上を救い出せないよ」
言い終えると、たまらず華光は泣き出しました。
公主、
「大丈夫ですわ、私がその宝を探して参ります」
華光、
「どこに探しに行くっていうんだい?」
「私には妹がおりまして、太乙救苦天尊のところで玉女をやっております。母に頼んであの子を呼んで参りましょう。五明扇は、私の鉄扇で何とかしましょう。連れて行く弟子は、手下を変身させれば済むこと。
あとは九頭獅子の車、金襴の袈裟、金の鉢孟、九環錫杖、そして金睛獨眼鬼があれば鄷都に行けますわ」
「よし、お前はお母さまにお願いして妹さんを連れてきてもらってくれ。俺は告示を出して人を雇い、人員を揃えて鄷都に挑むとしよう」
華光が告示を出すと、すぐに金睛百眼鬼が募集の掲示を剥がしてやって来ました。
「私は以前華光天王のご母堂である老夫人と一緒に駆邪院に囚われておりましたが、天王が娑婆鏡を打ち壊して下さったおかげで逃げ出すことが出来ました。以来わしは人を喰うのをキッパリ辞めました。老夫人は未だ旧悪を改めず、また人を喰らうてとうとうこんな事態になってしまいました。
今天王が鄷都までご母堂を助けに行こうとなさってると聞き、わしは持っとる目玉のうち九十九個を捨て、一つの目玉だけを残すことにいたしました。これでわしこそ金睛獨眼鬼というわけです。ぜひとも天王と共に鄷都に向かい、老夫人をお助けし、以て過日の御恩に報いたいと思います」
これを聞いて華光は大喜び。九頭獅子は火標将に命じてこれに変化させ、九環錫杖は金槍で代用し、金の鉢孟は金磚で用立て、袈裟は火丹を変えて用いました。こうしてつつがなく支度を調え、三度鄷都まで母を救出に向かうのでした。
またもや鄷都王が仕事をしておりますと、今度こそ本物の天尊がやってきたとの知らせ。鄷都王は遥々出迎え、広間に通してご挨拶をいたします。
天尊は鄷都王と一緒に鄷都門に着くと、扇で三度扇ぎ、九環錫杖で三回地面を突いて、門を開けました。
獨眼鬼が入っていき、妖怪たちを外まで連れ出してしてまいります。出てきた妖怪共はこぞって我が身の無実を訴えます。
天尊、
「他の奴はひとまず良い、今はただ吉芝陀聖母のみ護送する」
それを聞いた獨眼鬼、聖母だけを連れて行きます。
用が済んだ天尊は鄷都王に別れを告げて去っていきました。
鄷都王は不安になり、二元帥に尋ねます。
「今回は照魔鏡で照らさなくってよかったのかね?」
二元帥、
「あれは本物の太乙救苦天尊ですよ。照らす必要なぞありません」
「だけどもおかしい。他の奴は連れて行かずに、吉芝陀聖母だけを選んでいくなんて、やはりあれは偽物ではないか? 天尊も行ってしまったことだし、今からでも照らしてみて、疑惑を払えばよいのだ」
そこで元帥がちょっと照らしてみますと、果たして今度の天尊もまた華光の化けたもので、途端に逃げ出しました。二元帥は兵と一緒に追いかけましたが、とても追いつけるものではありません。慌てた二人は総動員で探させたのですが、何の知らせも得られませんでした。
さて、華光は鄷都に下ること三度にしてついに母親を救い出すことが出来、気分は上々。そこに、その吉芝陀聖母が申しますには、
「坊や、そなたがわらわを助けてくれたのはよいのじゃが、わらわはちと陂娥が食いたいのじゃがのう」
華光、
「『はが』とは一体どんなものです? 私も嫁もトンと存じません」
「陂娥を知らぬとな。では順風耳と千里眼に聞いてみよ」
華光が二人に聞いてみると、このような答えが返ってきました。
「陂娥とは人のことです。ご母堂様はまた人肉が食べたいようですな」
これを聞いた華光、聖母に切々と訴えます。
「母上、あなたは鄷都に於いて責め苦を受けていたところを、私が策を練ってようやく助け出したのですよ。なのに何でまた人なんか食べたがるのですか? そんなことはとても許せません!」
聖母、
「わらわが欲しいと言ったら欲しいのじゃ。親不孝者め、そなたがわらわに陂娥を食わせてくれなんだら誰がわらわの飢えを救ってくれようか」
華光はやむなく、こう言いつくろいました。
「分かりました、二日以内に召し上がっていただけるようにいたしましょう」
そして華光は医者の求人告知を出しました。内容はこうです――
【求む名医! もしも我が母・吉芝陀聖母を治療し食人を止めさせられた者には、充分に褒美を取らす!】
こちらは鄷都です。鄷都王は華光が医者の求人を出して聖母を治療しようとしていることを知ると、刺客を放って聖母を殺害しようと企てました。
誰か我こそはというものは居ないか尋ねますと、一人、魔軍という者が進み出ました。
「それがしが参りましょう。それがし、医者に化けて求人に応募し、医術を披露いたします。奴がそれがしを採用したら、薬の中に毒薬を混ぜ、聖母を毒殺してみせましょう」
鄷都王はこれを聞いて大喜び、すぐに魔軍に聖母殺害を命じたことは、これまでといたします。
さて華光が母のことを思い悩んで悶々としておりますと、求人を見て応募してきた医者がいるとの知らせがありました。華光は大喜びでその医者を迎え入れます。
華光は母に、
「この医者は母上を治し、陂娥を食べたくなくなるように出来るということですよ」
聖母、
「もしもその医者とやらが既に来ておるのなら、わらわに会わせておくれ」
そこで華光は医者を伴って聖母に面会させます。
聖母、
「こやつはわらわを治しに来たのではないぞ! 奴は鄷都の魔軍と申す者、きっとわらわを殺しに来たのじゃ」
それを聞いた華光はカンカン、魔軍に撃ちかかろうといたします。
魔軍、
「命ばかりはお助けを! ご母堂様を治せる薬をお教えしますから! それを飲めば人間なんて食べたくなくなること請け合いです」
華光、
「言ってみろ、助けてやるから」
「もしもご母堂に人間を食べさせたくないのでしたら、蟠桃を盗ってきて食べさせることですよ。そうすりゃ効果テキメンです」
「どこに蟠桃があるんだ?」
「西王母娘々がお住まいの、金岳園に蟠桃畑がありまして、今年がちょうど食べ頃です。天王がそこから桃を盗んできてご母堂が召し上がれば、もう人を食べたくなんかなりません」
これを聞いた華光は魔軍を放してやり、妻に母親を見ているように良く言いつけて出かけて行きました。
どうしたものかと考えるに、
(もし蟠桃を盗むのならば、猴に化けて行くしかあるまい)
そこで早速花果山の斉天大聖に変ずると、西王母娘々の金岳園に忍び込みました。
園内には一人の小男が見張り番をしております。ところがずっと居眠りしっぱなしで華光がやってきたのにも気が付きません。
華光が園内に至り、ふと頭上の樹を見上げると、その樹こそ蟠桃の樹ではありませんか。そそくさと五、六個摘み取ると華光はさっさと逃げ出しました。
小男が目を覚ましてみると、辺りには猴の足跡が。慌てて小男は王母娘々に、このように報告いたします。
「蟠桃樹の桃が五、六個ばかり消えてしまいました。盗んだ犯人は見つかりませんが、辺りには猴の足跡だらけです。恐らくはあの斉天大聖が犯人ではないかと思いますが、はっきりはいたしません」
これを聞いた娘々、すぐさま玉帝に上奏いたします。
「今年ようやく私のところの蟠桃が熟しましたが、陛下にもまだ献上いたしませんのに、花果山の斉天大聖に数個盗まれてしまいました。陛下、どうぞお裁きを!」
上奏文を読んだ玉帝は激怒し、すぐに玉旨を下して悟空に参上させました。
玉帝、
「蟠桃は三千年で開花し、また三千年にして実をつけ、更に三千年かけて実が熟す。こうしてようやく旬を迎えた蟠桃を、朕もまだ眼にしていないというのに、何故お前は盗んでいったのだ?」
悟空、
「何のことだかさっぱりですな。みどもは三蔵法師に付き従って取経の旅を終え、一切の貧心を捨てました。何で今更盗みなんか働きましょう? みどもはやっておりません。なにかの間違いではございませんか。早計は禁物ですぞ」
「いや、きっとお前が盗んだに違いない。足跡だって残っておるのだからな。お前は仏弟子だから、西天へ引っ立てて如来にもお裁きいただく」
そこへ大臣たちが奏して申します。
「我々、斉天大聖は成果を得て仏道に帰依したと聞き及んでおります。それにあの三蔵法師の弟子なのですから、こんな悪さをするはずはありません。なにか裏があるのではないでしょうか。陛下、どうか大聖を西天まで引っ立てて問い詰めることはなさらないで下さい。もしも一ヶ月待ってみて真犯人が見つかればよし、見つからなかったら、その時西天に行っても遅くはございません」
玉帝もこれを聞いて、渋々承知します。
「皆がその様に申すなら、ひとまず許す故そなたは真犯人の行方を捜して参れ」
悟空は恩に謝して朝を辞し、花果山に帰ると、奇都・羅侯・月孛といった子供たちに相談いたしました。
「こんな冤罪をかけられるとはなぁ。どこぞの妖怪が俺に化けて蟠桃を盗んでいったっていうんだ。
西王母は玉帝に、俺の足跡があったから俺が盗んだんだとぬかしやがる。俺が違うと言っても、玉帝はちっとも話を聞かずに如来のところに引っ張ってってお白州にかけようってんだ。何とか大臣たちが取りなしてくれたんで、一ヶ月の間に犯人の居所を探して汚名返上する機会を許されたがな。
もし一ヶ月の内に犯人を見つけ出せなきゃ、この孫様の仕業ってことになっちまう。とはいえ、どこを探したもんかなぁ。まいったまいった!」
子供たち、
「お父さん、もしもはっきりさせたいんなら、南海の観音様に聞いたらいいんですよ。あそこに聞きに行かずに何処に行くっていうんです?」
「我が子の言うことももっともだ」
そこで悟空、すぐに筋斗雲に乗って南海へ向かいました。
さてこちらは南海。観音菩薩が紫竹林にて座禅を組んでおりますと、突然悟空がやってまいりました。
菩薩、
「弟子やそんなに慌てて、いったい何事です?」
悟空、
「金岳園から蟠桃が盗まれたんですが、どんな奴か知りませんが犯人の奴俺に化けて、足跡を残していったんです。おかげで西王母が玉帝に俺が盗んだと言うもんだから、みどもはあと一歩で如来のところまで連れて行かれてお裁きを受けるところでした。幸い役人仲間に助けられ、一ヶ月間犯人捜しの猶予を与えられましたがね。
でも犯人が見つからなけりゃ、俺が本当にやってようとやってまいと、俺が犯人にされてしまいます。みどもにはどいつが犯人かさっぱり分かりませんので、こうして菩薩の元へ伺ったという次第です。どうか犯人を教えてもらえませんか」
観音菩薩が慧眼にて一瞥すると、申しました。
「桃を盗んだのは、他でもない、あの三界を騒がせた華光です」
悟空、
「アイツめ、桃を盗んでどうするんです?」
「彼は鄷都に下ること三度、ついに吉芝陀聖母を救い出しました。
しかし聖母は又しても人を食べようとします。仕方なく、華光は聖母に食人を止めさせられる者を探しました。そして見つけた魔軍という者が、蟠桃を盗んできて聖母に食べさせれば人を食べようとはしなくなると進言しました。
そんなわけで華光はそなたに化けて蟠桃を盗み出したのです」
悟空はこれを聞いて怒り爆発です。菩薩に辞して花果山に戻ると、子供たちに申します。
「俺が観音菩薩に聞いたところによると、華光の奴が俺に化けて蟠桃を盗み、その累が俺に及んでるってことだ。今からお前たちと兵を起こし、離婁山に殴り込んであの賊めをとっ捕まえるぞ!」
さて、斉天大聖には一人娘がおり、名を月孛星と申します。
その姿はどんなものかですって?
腰は大きくたくましく
でっかいお口と厳ついお手々
アンヨは長くて頭はいびつ
一声吠えれば天をも崩し
遇えば忽ち七、八度気絶
――といった具合です。
その月孛、父の前に進み出て言いますには、
「父上、どうか私も連れて行って下さい」
兄弟たち、
「お前のそんなみっともない顔で、行かない方が良いぜ。華光達に笑われるのがオチさ」
月孛、
「いいえ、華光を捕まえたいんなら私を連れて行かなきゃあ」
そこでやむを得ず、月孛も連れて行くこととなりました。
一行は離婁山まで進軍して来ると、大声で喚きちらします。
さて華光の方では、盗んできた蟠桃を聖母に食べさせてみますと、果たしてすっかり人など食べたくなくなったので、大喜びです。そこに突如花果山の斉天大聖が親子揃って兵を率いてやって来たとの知らせが入ってきました。奴らは「華光が不届きにも大聖に化けたために大聖にも累が及んだ故、華光を捕まえて天界にしょっ引いてやる」と言っているというのです。華光はこれを聞いて大激怒、すぐに離婁山を駆け下り、悟空に相見えました。
出会い頭に、悟空はいきなり華光を罵倒します。
「てめえ、蟠桃を盗むにしたってロバなりウマなりに化けて行きゃあ良いものを、この孫様の姿に化けやがるから、孫様がお咎めを受けたじゃねえか。さっさと馬を下り、俺に天界までしょっ引かれてくんなら勘弁してやろう」
華光、
「俺が蟠桃を盗んだからっててめえに何の関係がある。お前に化けて行ったからって何だってんだ」
「孫様がお咎めを受けたのに、何だとは何だ!」
叫ぶや否や、如意棒を取り出し、華光に撃ち掛かっていきました。
華光が応じて三角金磚を取り出すと、悟空は毛を引っこ抜くと息を吹きかけ、無数の猴に変えました。金磚一つに対し、一匹の猴が押さえ込みにかかります。これには華光もどうしようもありません。
そこへ悟空がまっしぐらに突進してきます。今度は華光、火丹を取り出すと、凄まじい火光を吹き付けました。悟空は全身皆これ毛ですから、火を見るなりすっかりビビって、ろくすっぽ戦えません。シッポを巻いて逃げ出して東海に身を沈めました。
月孛星は父親が敗走したのを横で見ておりました。そこで彼女は華光の名前を叫びながら、手に持った髑髏を打ち動かしました。すると途端に華光は頭がズキズキ目はクラクラ。あわてて離婁山に逃げ帰りました。この月孛の髑髏は大した物で、揺り動かしながら目当ての者の名を呼べば、そいつは二日の内に死んでしまうのです。
さて火炎王光仏は華光と斉天大聖が争っているのを知り、華光が大聖一家に敵わず月孛の手に落ちるであろうと推察しまして、二人を和解させようとやってまいりました。
悟空の陣中に入りますと、丁寧にご挨拶いたします。
光仏、
「斉天大聖殿が私めの不肖の弟子と争われておると伺いましたが、それはもしや奴が大聖に化けて桃を盗んだ一件によるものではございませぬか?」
悟空、
「奴がわしの名声を傷つけるような真似をするからだ」
「もしそういうことでしたら、日を改めて貧道が華光を連れてきて罪を認めさせましょう。貧道の言葉を聞いても、大聖はお許し下さらぬかな?」
「何とおっしゃるおつもりで?」
「弟子は大聖のご尊顔に変じたばかりに、御令嬢の髑髏によって今まさに死なんとしております。
昔から、『好漢は好漢に引かれ合う』というではありませんか。どうか大聖、華光をお許しになり、貧道が間に立ちますから華光と義兄弟の契りを結ばれては如何ですか?」
「老師父にそう言われちゃあ考えないわけにはいきませんが、だが如何せん玉帝はわしを罪に問おうとしてるんですよ。この件はどうするおつもりで?」
「もし貧道の顔を立てて下さるのであれば、天界のことは貧道の方で処理いたしましょう。大聖のお手を煩わせることはございませんよ」
「玉帝がうんと言いますかどうか」
「華光は陛下の外甥です。また貧道が一言言い添えれば、許さないということはないでしょう」
「そういうことでしたら、お言いつけに従いましょう」
そこで斉天大聖、さっそく月孛星を呼び出して申しました。
「光仏老師が、華光を許してやれってさ」
そう言われて、月孛は髑髏の傷付いた部分をそぎ落としまして、光仏に申します。
「さっき叩いたところを削りました。これでもう大丈夫」
光仏はこれを聞いて一安心です。すぐに謝して大聖と別れ、離婁山まで赴くと華光にこれまでのことを話しました。華光も光仏と一緒に、悟空の陣を訊ねました。
光仏が間に立ち、二人に義兄弟の誓いを結ばせますと、悟空が宴席を整えて皆を歓待いたしましてから、各々分かれていきました。
悟空親子は兵を率いて花果山へと帰ります。
光仏は玉帝へ上奏しに行き、華光の許しを請いました。
こうして争いは収まり、平穏な日々が戻ってまいりました。
華光は下っ端共に、こう言いつけました。
「お前達、文殊院や于田国の廟于、それに離婁山をよーく見張っているんだぞ。
俺は天下漫遊の旅に出る。災いに遭えば災いを救い、難に遇えば難を救うんだ。何、日ならずして戻ってくるからな」
さてさて、いったいどうなりますやら。
それは次回のお解き明しにて。