第十三回 華光 蜻蜒観を閙がす

 さて公主を捉えた華光は、離婁山の洞までやってくると燈燭を灯して公主と夫婦になることを求めました。公主は初めは従いません。しかし華光が老仙の言っていた宿縁について話しますと、公主はその宿縁に従って夫婦になるしかありませんでした。

 それからは朝が来る度宴を開いて酒を飲み、夜は夜毎に笙を奏で歌を歌うという日々。ですが、ある日突然華光は母親のことを思いだし、両眼から涙を溢れさせたのです。公主は夫が涙を流すのを見て、理由を尋ねました。

 華光、

「今俺はお前を手に入れたと入っても見捨てることはなく、こうして妻として迎え入れた。だが俺の母は龍瑞王に捉えられたまま、まだ見つからないのだ。お前を捨て、母を捜しに行こうにも、まだお前と夫婦になって間もないのだから別れるには忍びない。出発を遅らせようとも思うが、その間にも母は辛い目に遭っているだろう。どちらとも決めかね、こうして涙を零しているのだ」

 公主、

「見目麗しい旦那様、お母様を捜すには期限というものがございますが、私たちはこれからずっと夫婦でいられますわ。今はお母様を捜しに行かれるべきです、どうか私のことはお気になさらないで。行かなければ、世間の人に「なんたる親不孝者か」と噂されましょう。あなたが行かれている間、私も実家に帰ってあなたが戻っていらっしゃるのをお待ちしております。必ずまたお会いいたしましょう」

 華光、

「賢妻よ、お前にそう言われたら、俺は旅立つしかないな。どうか気をつけて帰れよ。俺は今から天下を回って、必ずや母を捜し出してから戻って来るぞ」

 話し終えると、華光は手下共を呼び出して洞門を見守らせたり公主を鳳凰山まで送り届けるように言い付けました。そして自分は洞門を離れ、人間に姿を変えると、あちらこちらへ母親の消息を尋ねる旅へ出たのです。


 突然、前方から女性の泣き声が聞こえてまいりました。華光が思うに、

(まずあちらまで行って、あれが俺の母かどうか見てみよう)

 華光がその婆さんに近づいてみますと、彼の母親ではありませんでした。華光がたずねて、

「おい婆さん、ひどくウロウロしているが、何だってこんなに泣いているんだ?」

 婆さん、

「私には一人の息子がおりまして、毎日山に入っては柴を刈り、銀子に変えて糧とし、この老いぼれを養ってくれております。ですがこちらには蜻蜒観という観があり、そこに名を落石大仙という道士が住んでおります。もし人がこの観の中に入るときは彼の院に喜捨しなくてはならんのです。大人しく喜捨すれば良し、ですがもし喜捨しなければ、観を出て山を下りる最中に天は暮れ地は闇に染まり、砂が飛び交い石が走り、必ずや殺されてしまうのです。この老いぼれが止めたにも関わらず、息子は今朝早くに柴刈りに出かけてしまい、蜻蜒観の前を通った息子は中へ入って水を飲んでいるところを大仙に見つかってしまったのです。大仙が喜捨をするよう求めますと、息子はこのように答えました。『私は貧しくて困っているほどです、貴方様に喜捨する余裕はございません』と。すると大仙はたちまち怒り、無法にも我が息子を殺してしまいました。ですから私は止めたのに、今一人息子をあの賊めに殺されて、これからどうやって生きていけというのでしょう? もはや自殺でもするしかないと思い、ゆえにこうして泣いております」

「それじゃあ筋が通らんじゃないか。何故訴えないのだ?」

「もし訴えられるのなら、とっくに訴えてますよ」

「どうして訴えられないんだ?」

「奴めは妖術を操り、神通力があるのですよ。官府もどうすることも出来ず、奴を恐れております。これでどうやって奴を訴えられましょう?」

 華光はそれを聞くと、嘆いて申しました。

「世間にゃこんなひどい話があるのか!」

 そこで婆さんに、

「あんた、決して自殺なんかするんじゃないぞ」

 と言うと、白金十両を取り出して渡しました。

「あんたはこれを持って隠居生活を送れ。俺はその蜻蜒観とやらに行ってその妖怪道士を追い出してやらぁ」

 婆さん、

「こんなにいただいて……! 貴方様は私の恩人でございます。どうかくれぐれも蜻蜒観には行かれますな。大仙に殺されるだけですよ」

「なあに、アンタは安心して行け。俺が白黒つけてやるぞ」

 婆さんは叩謝して華光に別れを告げました。


 さて華光は自ら蜻蜒観へと向かいました。観の前までやって来て法堂に入ると、噂の落石大仙が禅壇上に結跏趺坐しているのが見えるではありませんか。華光は近づいていって挨拶の礼を致しますと、大仙も禅堂から下りて礼を返し、座席と茶を勧めて持てなしました。落石大仙が訊ねて、

「お客人はどちらの州の何という府からいらっしゃったのですかな? またこちらにはどんなご用で?」

 華光、

「私は微州府?源県は簫家荘の簫永富長者の長子で、名を簫一郎と申します。以前から道士様の観が絶景という噂を耳にしており、ぜひ鑑賞させていただきたく思いこうして参った次第でございます」

「おお、簫長者のご子息とはつゆ知らず、お迎えもせずに失礼をいたしました」

 そこで大仙はすぐに道童に言いつけ、宴席を設けて華光を持てなしたのでした。二人でおしゃべりなどしていると、間もなく宴の用意も調い、大仙は齋筵を並べて華光と飲み交わしました。半ば酔いも回った頃のことです、華光が思うに、

(金磚を取り出してこの野郎を打とうと思ったが、まずは奴は何を考えているのか、一丁仕掛けて探ってみるか)

 そこで酔っぱらったフリをしてわざと金磚を取り出すと、それを卓上に出して様子を見てみました。大仙は華光の金磚を見ると、急に賊心を起こして申しました。

「お坊ちゃま、今日は私めの観にお越しいただきありがとうございます。つきましては、どうかこちらに御喜捨いただけませんでしょうか」

 華光、

「一理ありますな。では、勧進帳を持ってきていただければ署名いたしましょう」

 大仙はさっそく帳簿を取り出すと、華光に差し出します。華光はそれを受け取り、筆を巧みに操って――

「微州府?源県簫家荘簫一郎 捨一」

 ――と書き付けました。大仙はその帳簿を見て、このように申します。

「お坊ちゃま、どうして『幾ら喜捨する』と書かれず、ただ『一』としか書かないのですか? どうかはっきりおっしゃって下さい、幾ら喜捨して下さるので?」

 華光、

「はっきり訊ねる必要はないでしょう。あなたが私を丁寧に持てなして下されば、その一文字が大いに化けて、一万になるかも知れないし、あるいは一千一百にもなります。でもあなたの持てなしが悪ければ、一分か、あるいは一厘一毛にだってなるでしょう」

 大仙はこれを聞くと、にっこり笑ったフリをして、

「お坊ちゃまもご冗談がお上手ですなぁ。ナニ、そちらに取り出した金塊、それを御喜捨下されば良いんですよ」

「この金塊は私が平生愛用しているもの、なんで喜捨できますか?」

 これを聞いた大仙、ついに出家心をかなぐり捨てて、殺意を剥き出しにして申しました。

「お坊ちゃまよ、あんたに渡す気があろうとあるまいと、言うことを聞いてもらいますぞ」

 華光、

「喜捨するかしないかは俺の勝手だ! なんだってそんなことを言い出すんだ?」

「あんたを帰すか帰さないかは、私の勝手なんだ。さあ、喜捨したら帰してやるぞ」

 これを聞いて華光は怒り狂って怒鳴ります。

「てめえは出家人って話だったが、これじゃあ強盗じゃねえか!」

 いきなり宴席を押し倒すと、観門の外へと飛び出しました。大仙が怒って呪文を唱えると、砂が舞い石が飛び交って華光へ向かってきます。そこで華光は分身を作り出すと、大仙がそいつと戦っている隙に観内に戻って、三昧真火を放ち蜻蜒観を焼き払ってしまいました。

 すると、たちまち観から二人の娘が逃げ出してくるではありませんか。華光は訊ねて、

「あんた達、なんでこの観にいたんだ?」

 娘、

「私たちはあの道人に捕まってここに連れてこられたのです。私は荊州の家の娘で、名を陳惜惜と申します」

 もう一人の娘、

「私は四川省成都府にある家の娘で、姓は黄、名を百嬌と申します」

 華光、

「じゃあ俺が雲に乗せてお前達の家まで送ってやろう。そのかわりお前達は、ちゃんと自分の家族に俺が助けて家に帰してくれた、と話すんだぞ」

 二人は頭を垂れて感謝いたします。そこで華光は祥雲を操り、まず初めに陳氏を家まで送り届け、続いて黄氏を家に帰そうといたしました。しかし黄氏は、

「私、一人で家まで帰れませんわ。あの道人が後を付いてくるかも知れませんもの。どうか天王自らの手で私を家まで送って下さいな、そうして下さったらそのご恩に深く感謝いたしますわ」

 それを聞いて華光が黄百嬌を家まで送ってあげたことはそれまでといたしましょう。

 さてその落石大仙はというと、華光が蜻蜒観をあらし、あまつさえ女達まで奴に助けられたことを知り、たいそう恨んで仕返ししてやろうとは思いましたが、なんの手だてもなく、ただひたすら堪え忍んでいたことはさておきまして――


 さて、成都府にいる黄山岳は、娘の姿が見えなくなってからというもの、終日思い煩い、悶々とした日々を過ごしておりました。そこへ、突然小間使いの者がやってきて申しました。

「長者様に申し上げます、お嬢様がただ今戻っていらっしゃいました」

 そこで長者が門を出て見てみると、本当に娘が帰ってきたではありませんか。父娘は互いに抱き合い、涙を流して喜びました。

 黄山岳、

「一体なんでお前は、こんなに長い時間姿を消していたんだい?」

 百嬌、

「私は蜻蜒観の道士に捕まり、長い時を過ごしてしまいました。ですがそこへ天曹のお方であるこの華光様がいらっしゃり、蜻蜒観を荒らして観を焼き払い、私を家まで送って下さったのです」

 一家の者はそれを聞いてみんな大喜び、すぐに彫刻家に命じて華光天王の神像を彫らせ、また廟于も建て、朝夕には香を焚いて供養し、参拝も欠かすことなく、娘の命の恩人として崇め奉ったことは、それまでといたしましょう。

 さて一方の落石大仙は、華光に蜻蜒観を焼かれてからというもの、身を休めるところもないといった有様です。ところがそんなある日、黄の家で華光の神像が建てられ、廟于で供養されていることが耳に入り、あの日の仇を討ちたい、また黄百嬌を拐かしたいという気持ちが大仙の中に再び起こったのです。さっそく計画を練りだし、思いますには……

(そうだ、自分が華光に化けて黄百嬌に戯れかかることにしよう。そしてこう言えばいい、『あの時お前の美貌を見て、お前を家まで送りはしたものの、ぜひとも夫婦になりたくてしかたなかったのだ』――と。一つには黄百嬌とお楽しみもできるし、二つには華光への敵討ちもできる。なんて良い作戦だ!)

 さっそく実行に移しました。

 その夜、百嬌は一人で部屋に座って突然誰かが「扉を開けろ!」と叫ぶ声が聞こえました。百嬌はこれを聞いて訊ねます。

「あなたは誰? 何故こんな夜分にやってきて、扉を開けさせるの?」

「私は華光だ、すぐに門を開け、私を迎え入れれば良し。だがもし門を開けなければ、お前の一家に災いを及ぼすぞ」

 その言葉に、仕方なく百嬌は門を開けて華光を迎え入れました。華光を部屋に通すと、百嬌は階段の前に拝み伏して、救命の恩に感謝の意を述べました。

 ニセ華光、

「お前を家に送り届けたあの日、お前の美貌を見てからというもの、ずっとお前を恋しく思い続けてきた。ついにどうしようもなくなって、お前と夫婦になりにやって来たのだ」

 百嬌、

「天王様は天界の神様であられるお方ですのに、何故このようなことをなさるのです?」

「お前は俺に従わないというのか、ならば俺はお前の家族たちを皆殺しにしてやる!」

 こう言われてしまっては、百嬌はどうすることもできません。ただ華光に従い、二人は上になり下になって抱き合い、契りを交わしたのです。

 ついに夜が明け、鶏の鳴く声が聞こえると、ニセ華光は百嬌に言い付けました。

「賢妻よ、用心するんだよ。私は明日の夜またお前と語らいあいにやって来るからね」

 次の朝、黄長者は小童に訊ねました。

「昨夜娘は一晩中誰かと話をしていたようだが、お前も聞いたかね?」

 小童、

「私もちょうどこの事を長者様に伺おうと思っていたところです。昨夜お嬢さんがどなたをお話になっていたかご存じではないですか?」

 長者は自分の勘違いではないことを知り、腑煮えくり返って、家童に娘を連れてくるよう言い付けました。

 黄山岳、

「このバカ娘、跪いてよーく話を聞け! 昨日一晩中、お前は誰と話していたんだ? よもや淫らなことをしていたんではあるまいな? さあ言え!」

 百嬌は昨夜のことがバレたのだと悟り、申しました。

「私は誰とも一緒ではございません、一人で溜息をついていたのですわ」

 長者はますます怒り、

「お前がもしハッキリ言わんのなら、打ち殺してくれる!」

 百嬌は父が本当に自分を打とうとするので、何もかも白状いたしました。

「実は他でもない、華光様なのです。ご本人がおっしゃるには、あの私が華光様に助けられて帰ってきた日に見初めていただいたそうで、昨夜私の部屋にやって来て夫婦になろうとおっしゃったのです。私が拒むと、華光様は私が嫌がるなら私の家族を殺すとおっしゃられ、私は彼に従うしかなかったのですわ」

 長者はこれを聞いて大変怒り、すぐに焚いていた香を捨てようといたしました。百嬌、

「お父様、ひとまずお待ち下さい。昨夜やって来た者は自分では華光と名乗っておりましたが、おそらくは華光様ご本人ではなく、別の妖怪が華光様に化けていると思うのですが、いずれにしてもハッキリとは分かりません。まずはここは廟中に香を焚いてお祈りし、華光様にハッキリ伺いましょう。それから香を捨てても遅くはございませんわ」

 長者、

「それもそうだな」

 さっそく廟の中では香が焚かれ始めました。祈祷が終わるか終わらないかの内に、果たして華光が雲に乗って現れたではありませんか。華光、

「黄山岳、一体なんで俺の廟中で祈祷を行ったんだ?」

 長者は華光の言葉に跪いて、

「先日は我が娘が天王様にお助けいただいたおかげで戻ってくることが出来、一同感謝の念に絶えません。ですが天王は天界の仙人様ともあろうお方、にもかかわらず昨夜我が娘の部屋にやって来て娘に戯れかかったのは一体どういうわけですかな? これについて伺うためにこうして熱心に祈ったのです」

 華光、

「俺はただお前たち一家がどうしたのかと聞いたんだぞ、なんでそんな訳の分からないことを言うんだ」

 そこで華光は百嬌に、

「そのお前を惑わしたって奴は俺じゃないぞ、俺を責めるのはお門違いだぜ」

 百嬌、

「私にはよく分かりませんが、彼は華光と名乗っておりました」

「しょうがねえな、じゃあ聞くがそいつはいつやって来て、いつ出ていったんだ?」

「三更の頃にやってきて、鶏の鳴く頃帰っていきました。今夜も必ずやって来るでしょう」

「そうか、じゃあお前は夜になったら隠れとけ。俺がお前の部屋でその妖怪を待ち伏せするからな。それで犯人を捕まえてお前たちに見せりゃあ、白黒つけられるってもんだ」

 長者はこれを聞いて大喜びです。その夜さっそく華光は百嬌の寝室に潜入いたします。果たして落石大仙はというと、予想通りやって来て「賢妻や、部屋の扉を開けておくれ」と呼びかけてまいりました。華光は百嬌の声色を真似て応え、扉を開けます。大仙は寝室に入ってくると、さっそく床にあがろうといたします。そこを華光に捉えられ、叫んだ所へ黄家の人々が駆けつけ、灯りをつけて見てみると、なんと大仙の正体は白蛇でした。人々は大いに驚き、こぞって打ち殺そうとしたので、白蛇は華光に助けを求めました。

 華光、

「なんだってお前は俺に化けて、俺の名声に傷を付けるような真似をしやがったんだ? だがまあ、今日から俺に帰順するっていうんなら良かろう」

 大仙は二つ返事で承諾いたします。

 華光、

「お前は白蛇の姿で金鎗にまとわりついとけ」

 黄長者一家は、皆叩頭して感謝いたしましたことは、さておきましょう。

 華光は離婁山に戻ると、鉄扇公主と相談いたしました。

「俺は現世に行って、また白蛇精を収得してきたぞ。ところで、俺はまたお前と別れて母を捜しに行こうと思うんだ」

 公主、

「もしお義母さまが現世にいらっしゃるなら、きっとあなたが探し出せるはずですわ。もしかしたら亡くなられたのではなくて?」

「死んでたら、どこを探せばいいんだ?」

「人がもしも死んだら、東岳廟に行くべしと申しますわ。あなた、東岳廟に行ってお義母さまがいらっしゃるかどうか調べていらしたら?」

 これを聞くと、華光は公主に別れを告げ、東岳廟へと向かいました。

 これから一体どうなることやら、それは次回のお楽しみ。