第十二回 華光 鉄扇公主を娶る

 さて鳳凰山の玉環聖母には、一人の娘がおりました。名をば鉄扇公主と言いまして、年の頃なら二八の十六、かんばせは花のようで月のよう、十本の指は白魚の如く、小さな纏足はたった三寸、唇は紅く歯は輝くばかりに白いのです。また聖母にはもう一人息子がおり、名を山成と申しました。

 母子三人が山中におりましたところ、突然召使いが天曹が使者を遣わしてきたことを報せました。聖母がこれを出迎えて広間に招き入れましたが、公主は逃げ出してしまいました。茶を出した辺りで、使者が今回の用件を伝えて言うには――

「今天曹では鬥宝会を開いております。私がこちらへ遣わされましたのは、この会のために聖母殿から金宝塔をお借り受けする為なのです。少し遣わせていただけましたら、すぐに送り届けますので」

 玉環聖母、

「金塔は使者殿にお渡しいたしますけど、会が終わりましたらばすぐにお返し下さいませね。私もここでよく使うのですから。この辺りは妖怪が多くて、もしこの塔がなかったら、これを征することはとてもじゃないけれど出来ませんわ。ですから、この塔で妖怪たちを鎮圧しなくてはならないのです」

 使者、

「もちろんです。会が終わったら、すぐにこちらまで届けましょう」

 そこで聖母は山成に金塔を取り出させますと、使者に受け渡し、彼を見送ったのでした。しかし、この時広間の後ろに隠れていた鉄扇公主は使者の言葉にいささか狼狽えたようなところがあるのを聞き取り、母親に申し上げました。

「お母様、たった今来た天曹の使者のことですが、私の耳には彼の言葉は動揺しているように聞こえましたわ。恐らく彼は本物の使者ではなく、妖怪が使者に化けた者に違いありません。山成に様子を見に行かせた方が宜しいでしょう。どうかご注意下さいませ」

 聖母も娘のこの言葉を聞き、

「きっとこの子の言うとおりに違いないわ」

 そこで早速山成に天曹まで行かせたのでした。


 南天宝得関の関外へ着くと、山成は関を守護している兵士に尋ねました。

「天曹で鬥宝会が開かれていると聞いたのですが、本当ですか?」

 兵士、

「天曹でそんな会をやるなんて、聞いたこと無いな」

 また訊ねて、

「一人の使者が、金の塔を持ってこの関を入っていきませんでしたか?」

「いや、誰も来なかったよ」

 山成はこれを聞いて泣き喚きながら鳳凰山へ帰ると、母と姉にそれまでのことを一部始終話し、聖母たちも騙されたことを知るのでした。母子は大いに泣きながら、

「しばらくして、もし本当に天曹があの塔を必要として求めてきたら、一体どうしたらいいんでしょう?」

 山成、

「悩んでいてもどうにもなりません。ここは僕が南海まで行って観音菩薩様に全てを明らかにしていただきます」

 聖母、

「お前がそう言ってくれるなら、急いで行ってきておくれ」

 山成は一旦聖母と別れ、祥雲に乗って南海へ直行いたしました。


 観音菩薩が葡萄岩の上に座っていたところ、突然一陣の祥雲が下りてまいりました。菩薩が慧眼を以て一瞥いたしますと、果たしてそれは鳳凰山の山成でした。彼は菩薩に近づくと、参拝の礼を尽くします。

 菩薩、

「あなたはどうしてここへ訪れたのですか?」

 山成、

「私の母は金塔を持っておりました。しかしある日どこの妖怪かは存じませんが、天曹からの使いに化けてきた奴がおりまして、私の母から金塔を騙し取って、どこへ行ったかも分かりません。そこでどうか菩薩様にその妖怪を見つけ出していただければ、私ども母子これ以上の幸せはございません」

 観音菩薩はそれを聞くと慧眼をカッと見開き、山成に申しました。

「あなたの母上の金塔を騙し取ったのは他でもない、離婁山の華光です。今その金塔を練って一塊りにし、三角金磚を作っています」

「奴はもう金磚を持っているはず。何だって我が家の宝を騙し取って、金磚を作ったりするんです?」

「彼の金磚はの手下の辟温使者に騙し取られてしまったのですよ。そこで華光の手下の千里眼が、今度はあなた達を騙せばよいと悪知恵を吹き込んだのです」

 山成はこれを聞くと、菩薩に別れを辞し、鳳凰山へ戻りました。


 聖母がどうしたものかと悩んでいるところへ山成が戻り、華光が金塔を騙し取ったこと、そして既に金磚に練り直してしまったことなどを説明いたしました。聖母、

「もし華光の奴めが騙し取ったのなら、取り返すことは至難の業だわ。一体どうしたらよいのでしょう?」

 鉄扇公主、

「不肖この私め、どうして華光ごときを恐れたりいたしましょう。私にはこの鉄扇があります。もし奴と闘ってもこれで一扇ぎすれば、奴は遙か遠くまで飛ばされ、落下して骨も身も砕け散るでしょう。これによって我ら母子の恨みを晴らそうではありませんか」

 聖母はこれを聞いて大喜びです。早速本山の部隊に待機するよう言い付けました。公主は鎧甲を身につけ、山成と共に離婁山へ押しかけたのです。さて、公主がどんな姿をしていたかですか? 頭には金花鳳凰冠をいただき、身には銀鱗の甲冑を纏い、手には長槍、左に鉄扇を帯び、右に尖刀を挿し、三寸の纏足には小さな皮靴を履き、かんばせは白粉を塗ったようだし、唇は紅をさしたよう、涼しい目元に、柳葉の眉――といった出で立ちです。そして白馬に打ち跨り、離婁山の前までやって来て声も高らかに呼ばわる姿は、天宮から舞い降りた嫦娥とも現代に現れた西施とも言えるような、真に天下無双、人間に稀なる美しさであります。ともあれ、公主たち一行は口々に離婁山へ向けて「金塔を返せ」と呼びかけました。


 華光が洞内にいたところ、小軍の兵卒が鳳凰山の聖母に娘がおり、その娘が軍隊を引き連れて金塔を取り返しに来たことを知らせにまいりました。華光はこれを聞いてすぐに出陣しようといたしましたが、千里眼・順風耳の二人がそれを押し留めます。

「天王はまだあの公主のことをご存じ無いでしょうから、危険です」

 華光、

「何を知らないってんだ?」

「あの女は鉄扇という宝を持っており、これで扇げば誰でも吹き飛ばされて落っことされちまうんですよ。天王は行かれない方がよいでしょう」

「もしその扇がどんなに厄介だって、行かないわけにはいかねえだろう」

「天王が信じられないと仰有るんでしたら、どうかワシら二人に先に出陣させて下さい。そして天王は後ろで見てて下さいね」

 華光はこれを許し、二人に出陣させました。二人は公主と相争いますが、ほんの数合と打ち合わない内に扇で一扇ぎされ、遙か彼方まで吹き飛ばされてしまったのです。二人は三千里ほども吹き飛ばされると、慌てて空中で術を使い、雲に乗って離婁山へ戻ったことはさておきまして――

 さて、後ろで見ていた華光は、二人が公主の扇に吹き飛ばされたのを見て内心焦るやら怒るやら、にわかに金鎗を掴むと公主めがけて打ちかかりました。公主も槍でこれを迎えます。戦うこと数合も打ち合わない内に、公主は一旦負けたフリをすると、鉄扇を取り出して華光を一扇ぎいたしました。たちまち華光も空中へ吹き飛ばされてしまったのです。公主は立て続けに三度も扇ぐと、兵を収めてその場に駐屯いたしました。華光は雲に乗れますし、墜落死することもないでしょうから、この場所で数日ほど相手の動向をうかがおうという魂胆なのです。



 さて華光は空中に扇ぎ飛ばされて、内心大慌てで、急いで術をほどこすと雲に乗り、下りながら呟きました。

「なんてぇ女だ、なんてぇ宝だ! あいつに扇がれてここまで来ちまったが、ここは一体どこなんだ?」

 考え込んでいるところへ、突然前の方から大きな鐘の音が響いてきました。すぐにここの担当の土地神を呼び出しますと、華光は訊ねます。

「ここは一体どこで、あの鐘の音は何なんだ?」

 土地神、

「ここは北方でございます。鐘が鳴っているのは風毒洞ですな。風毒洞には一人の老仙がおり、その中で修行をしておりまして、そのために鐘の音が鳴り響いておるのです」

 華光はこれを聞くと、不意に腹が減っているのに気が付きました。そこで風毒洞で精進料理の一つも喰わせてもらい、その後で帰ることに決め、さっそく風毒洞へ向かいました。洞中では老仙がちょうど坐禅を組んでいるところでしたが、突然華光がやってきたので、老仙は禅壇から降りて互いに挨拶を交わします。老仙が訊ねて、

「お客人、こちらまでいらしたのは一体どんなご用件ですかな?」

 華光、

「私は他でもない、天上界の華光という者です。鳳凰山の聖母から金塔を騙し取ったのですが、思いがけないことに聖母には一人娘がおりまして、こいつがひどく恐ろしい女で金塔を取り返しにやってきたのです。私は返したくないのでその女と戦いましたが、この女は鉄扇という宝を持っておりまして、戦ってる最中に一扇ぎされ、ここまでやって来てしまいました。もし私が急いで雲を呼ばなければ、もう少しで墜落死してしまったでしょう。今老仙が修行なさっているところへ巡り会えましたのも何かのご縁、どうか充分な食事を恵んで下さいませ。食べ終わったらすぐにお暇いたしますので」

「おお、貴方様が華光元帥殿でしたか」

 そう言うと、七粒の乾飯を取り出して華光に渡しました。華光は思います、

「何て憎たらしいジジイだ! こんなに俺が腹を空かせてるのに、たった七粒の乾飯を喰えってのか」

 華光は腹を立ててしまって、乾飯を食べません。

 老仙、

「元帥はどうやらその乾飯を召し上がられないようですな。元帥、どうしても食べられないのですか?」

 華光は老仙の言葉に微笑んで、とりあえずいくらか食べてみました。立て続けに三、四粒口に入れると、途端に腹の中が一杯になってしまったではありませんか。老仙は再び乾し飯を取り出そうといたしましたが、華光は多すぎると言って余った三粒を返しました。老仙は笑って、

「たった今元帥は少ないことが不満でいらっしゃったようなのに、なんだって三粒返したりするのですかな?」

 華光、

「申し訳ない、私の目が節穴だったためにこれが真の宝であることが分からなかったのです。こいつは素晴らしいですな!」

 老仙は再び笑いながら、

「元帥、おめでとうございます。慶事が近いですぞ」

「私は今厄介事の真っ最中ですのに、どんな慶事があるって言うんです?」

「その鉄扇公主は、元帥と前世からのご縁がおありですよ」

「それは老仙の勘違いですよ。目下交戦中の仇敵と前世の縁があったって、どうしようもないじゃないですか」

 老仙は笑って、

「それなら話は簡単ですよ。後で元帥がお帰りになる際に、私が鎮風丹という薬を差し上げますから」

「それをどうしたらいいんです?」

「元帥はこの薬を飲み込み、その上で公主と戦って下さい。これで公主がいくら扇いでも、あなたの髪の毛一本動かすことは出来ますまい。吹き飛ばされないことを確認しましたら、すぐに公主をさらってしまえば、どうしてこの縁談をためらうことがございましょう?」

 華光はこれを聞いて大喜びです。さっそく鎮風丹をもらって飲み込むと、老仙に別れを辞しました。そして雲に乗って離婁山へと帰り、部下たちの元へ戻ったのです。



 次の日の朝、華光は鎧を纏って出陣いたしました。

 公主、

「このくたばりぞこない、私の鉄扇に扇がれて落っこちたと思ったら、なんで今日もやってきたの? 今日こそ絶対私が倒してあげるわ」

 華光、

「俺はあん時ぶっ飛ばされた手下を捜しに行っただけさ、なんでお前如きに俺が吹き飛ばされるんだ? 黙りやがれ!」

「なんて奴! 私に扇ぎ飛ばされたっていうのに、こんな大嘘を付くなんて。今日もあんたを扇いであげるわ、そうしたらあんたはまた手下を捜しに行くの?」

「俺が手下を捜しに行ったって言ってんのに、なんだってお前は『自分が扇いだ』って言い張るんだろうなぁ。おい、今日は俺と賭をしようじゃないか」

「賭って、どんな?」

「もしお前さんが三回俺を扇いで、俺の髪の毛一本でも動かせたら、一緒に鳳凰山へ行って金塔を聖母に返すし、俺はあんたの婿になろう。だがもし髪の毛一本動かせなけりゃあ、俺はあんたを引っさらって俺の嫁になってもらう。もちろん金塔も返さない」

「このボケナス、後でその言葉後悔するんじゃないわよ」

「『駟も舌に及ばず』って言うぜ。あんたこそ大丈夫かい?」

 公主は思います、

「このボンクラ、私と賭をするだなんて。私が扇いだら、一扇ぎで遙か彼方まで飛んでいくに決まってるのに。何で三度も扇がせるのかしら?」

 とにもかくにも、公主は鉄扇を掴むと華光めがけて一扇ぎいたします。しかし果たして、華光の髪の毛一本動かないではないですか。華光はもう一度扇ぐように呼びかけました。公主の驚いたことといったらありません。

「どうなってるの、ちっとも動かないなんて! とにかく、もう一回扇いでみるしかないわ」

 公主は今度は気力の全てを振り絞って扇ぎましたが、またもや華光は微動だにいたしません。公主は慌てふためきました。華光は二度まで扇がれても自分が動かないのを見て、声も高らかに言いました。

「早くもう一回扇げよ、俺はもう待ってるんだからな」

 公主はこの言葉に促され、何度か扇いでみましたが、いくら扇いでも華光は動きません。そこで慌てて逃げ出そうといたしましたが、華光が素早く前に回って公主を捕らえ、「俺の奥さんよ!」と叫ぶと、そのまま洞中へさらってしまいました。

 山成は姉がさらわれたのを見て、慌てて鳳凰山へと逃げ帰り、聖母に報告しましたことはそれまでといたしましょう。

 さてこれからお話はどうなるのでしょう、それは次回のお楽しみ。