第十五回 華光 陰司を閙がす

 さて華光は陰司へやって来ると、手に金鎗を携え、十八重地獄を見て回りました。それから金銭山・銀銭山・破銭山・消銭山などを見物し、また金橋・銀橋・乱柴橋・奈河橋を見て歩きました。華光が思うに、

(金橋と銀橋は通ったことがないし、乱柴橋も俺が使ったことのない橋だ。ここは奈何橋を通っていって、俺の母が通ったかどうか調べよう)

 そこへ渡し守が近づいてきて、華光に訊ねました。

「お前さんは一体だれだい?」

 華光、

「俺は華光天王様だ。ちょっと聞くが、俺の母親がここを通らなかったかな?」

「わしはここで毎日何千人何万人という霊が行き来するのを見てるんだ、どれがお前さんの母親か分かるもんかね」

「本名は簫太婆、又の名を吉芝陀聖母っていうのが俺の母親さ」

「簫太婆ならここを泣きながら通っていったが、吉芝陀聖母ってのは見てないな」

「簫太婆が吉芝陀聖母で、聖母が簫太婆なんだよ」

「それじゃあ二人になっちまう」

「いいや、併せて一人なんだ」

 二人は言い争い、ついに華光は怒って渡し守めがけて金磚を投げつけました。渡し守は慌てて逃げ出し、大声で「華光が陰司を嵐に来たぞ!」と叫ぶのでした。

 渡し守は閻君にもこのことを知らせに行きました。閻君が殿中におりますと、臣下の者が渡し守の申し出を伝えにまいりました。

「華光が陰司を騒がしにまいったとのことです」

 閻君は臣下の者達に訊ねて、

「華光がここにやってきたのは何故じゃ?」

 判官、

「きっと故あってのことでございましょう。彼がやってきたら礼を以て尽くすべきです」

 判官の言葉が終わるか終わらぬかというところで、華光が殿中にやってまいりました。閻君がさっそく挨拶を交わし、席を勧めて申しますには――

「貴方様の御高名は伺っておりましたとも。ところで今日このようなところまでお越しになられたのは、一体何故でございます?」

 華光、

「俺がここに来た理由は他でもない。俺の母親で簫太婆、またの名を吉芝陀聖母というものが龍瑞王に捉えられてからというもの行方が知れず、もしや死んで貴殿に来ているのではと思ったのだ。敢えておたずねするが、簫太婆はここに来てはいないか?」

 閻君はこの質問を判官に伝えました。判官、

「帳簿を調べてみましたところ、簫太婆は来ておりますが吉芝陀聖母はまだ来ていないようですね」

 閻君、

「天王様、簫太婆は来ましたが吉芝陀聖母は来ていないそうです」

 華光、

「簫太婆と吉芝陀聖母、併せて一人なんだよ」

「それじゃあお二人じゃないですか」

 華光は怒って、

「なんでこっちが一人と言っているのを二人と言うんだ」

 そこへ判官が閻君へ申しました。

「彼がどうしても信じないと言うのなら、引魂使者に簫太婆の魂を十殿門まで連れてこさせ、彼自身に判断させれば白黒はっきりつきますよ」

 これを聞いた閻君はさっそく引魂使者に命じて簫太婆の魂を閻君の元まで連れてこさせました。閻君、

「天王様、もしあなたが信じないとおっしゃるのでしたらご自分でご覧下さい。そうすれば全ては明白になりましょう」

 華光は太婆の霊を見ると、訊ねました。

「お前は誰だ?」

 婦人、

「私が簫太婆です」

 華光は怒って、

「簫太婆は俺の母親だぞ、見間違えるものか! なのになんで『自分が簫太婆だ』などとホラを吹くんだ?!」

 婦人は泣きながら、

「私こそが正真正銘の簫太婆ですわ。簫長者には跡継ぎがいなかったため、私が毎晩裏庭で嗣子が生まれるようにとお祈りをしていたのです。そんなある夜、一匹の撲燈蛾がやってきて灯火をうち消し、正体を現しましたところ、その蛾こそが吉芝陀聖母だったのです。私は聖母に食べられ、骨は山奥に捨てられました。そして聖母は私に化けると、簫家の妻として受胎したのです。私の身は死して幽冥にあり、おまけに無実の罪を着せられてしまいました」

 話し終えると、簫太婆はわっと泣き出しました。華光はそれを見て、互いに堅く抱き合いながら声を放って泣いたのでした。華光、

「あなたもまた私の母だったとは! 一体どうしたらよいのでしょう?」

 簫太婆、

「坊や、どうか閻君様に私をどこかの家に投胎させて下さるようお願い申し上げて下さいな。十傷門の下で私が言い難い苦しみを受けないように」

「母上、心配なされますな。すぐに閻君にお願いしますからお待ち下さい」

 それを聞いた閻君、

「分かりました、おまかせ下さい」

 華光は閻君に拝謝すると、母に別れを告げ、現世へと帰っていきました。閻君は約束通り、さっそく簫太婆を桔尚書の家に投胎させたことはそれまでといたします。これから一体どうなるか、全ては次の解き明かしにて。