第十八回 華光 仏道に帰依する

 さて霊山の世尊はある日、羅漢たちに申しました。

「華光の愚か者め、あの日龍瑞王を追いかけて我が霊山まで押しかけ、わしを悩ますものだから、天眼を取り上げてやったことがある。

 わしは華光に『お前が仏道に帰依するのならば、天眼を返してやろう』と言うと、奴は『母親を探しに行かなくてはいけないから、見つかって逢えたら帰依しに来る』という。それでその日は呪文を唱えて天眼を返してやった。奴は母親を捜し出しても仏門に帰依しなかったら、六根が揃わなくとも良いと言ったのだ。

 だが奴め、今や母親を救い出し、功も成ったというのにまだ中界でフラフラしておる。このままでは、世間に『仏門の弟子が仏道に帰依しないとは』と悪評が立ってしまう。

 そこでお前達に頼みたいのだが、凡人に化けて中界に向かい、仙術で曲芸を披露し、手足を切り落としてみせよ。華光がそれを見たら、必ずお前達にその術の教えを請うはずだから、そうしたら奴を騙して脚を切り落とさせるのだ。それを青鬣獅子にくわえて霊山まで持ってこさせれば、華光もそれを追いかけてくるから、ここに来たらわしが奴に仏道に帰依するように諭すからの」

 弟子達はこの命を受けて霊山を発つと、凡夫に化け、切り落とした腕を龍に、脚を獅子に変化させる芸を披露しておりますと、どんどん観客が集まってまいりました。


 さて華光が旅を続けておりますと、遙か前方に大道芸人が曲芸をしております。近寄ってみれば、何とも見事な技。すっかり感心いたしました。

 そこで華光は芸人に尋ねます。

「もし、あなたはこの技を他人に教えては下さいませんか?」

 その芸人が答えて、

「教えるよ」

「ぜひ私に教えて下さい!」

「もしわしに習いたいって言うんなら、金百両で教えてやろう」

 華光はこれが作戦だとは知りませんから、ためらうことなく金百両を差し出しました。

 芸人、

「金を受け取ったからには、教えてやろう。まずはお前さんの脚を切り落とさせてもらうぞ」

 華光、

「そんなことしたら痛いですよ」

「師匠が痛くないと言っとるんだぞ」

 華光の左脚が切り落とされましたが、果たして、ちっとも痛くありません。華光が今度は右脚を切り落としてもらおうとすると、芸人は自分で切ってみろと申します。そこで自分で切ってみますと、痛くはないのですが、ただグラグラして落ち着きません。

 華光、

「お師匠様、これじゃあ不安定ですよ。脚を戻して下さい」

 芸人、

「この脚はお前が切ったんじゃないか」

 そう言って華光の脚を青鬣獅子にくわえさせました。獅子は華光の右脚をくわえたまま霊山までひとっ飛び。あの芸人も本性を現し、雲に乗って飛び去ります。華光はこれを見て大慌てです。

「チクショウ計られた! あいつめ霊山の仏弟子だったのか!」

 やむを得ず風車・火車に乗って、霊山まで急ぎました。


 さて、霊山では如来の元に弟子達が帰ってまいりました。青鬣獅子はちゃんと華光の脚をくわえております。如来が喜んで何か言いかけたところに、華光がやってきました。殿前にひれ伏し、如来に助けを求めます。

 如来、

「お前は前に、母親を捜し終えたらここに戻って仏道に帰依すると誓ったではないか。もし戻らねば、六根が揃わずとも構わぬ、と。だからわしはお前の六根を欠いてやったのだ」

 華光、

「師父が私の脚を返して下されば、すぐにも帰依しますとも!」

「まあ、そう言うことならしばらくは返してやろうか」

 ところが華光は心根を改めず、如来が脚を返してくれたのを確認するや、あっと言う間に逃げ出しました。

 如来は笑って、

「こいつめ、何処へ行く気だ?」

 そう言うと、呪文を唱えました。

「脚よ、山門の下で踏み止まり給え」

 逃げ出した華光が山門のところまで走ってきますと、そこから脚がぴくりとも動きません。どうしようもなくて、華光は不承不承如来の元まで戻ります。

 如来、

「華光や、どうして逃げ出したのに戻ってきたのだ?」

 華光、

「どうかどうか、私に仏道へ帰依させて下さい。もう決して逆らったり致しませんから」

「うん、どうやらもう逃げ出すことは無さそうだな。ならば天眼を返し、脚も戻してやろう」

 如来の言葉に、華光は拝して感謝いたします。

 如来、

「お前は出家して修行し、今や上仙として有名だが、その成果はお前にだけでなく広くに渡っておる。

 布施輪廻簿を見てみると、かつてお前の父母として登録されておった者たちは、生きていたときには色々苦労もあったが、今日お前が仏菩薩に帰依したことによって共にその魂魄は西方に至り、輪廻の輪を抜け出すことが出来た。

 吉芝陀聖母は、今や邪を改め正に帰し、人も食べなくなり、やはり西方に至った。

 妹の瓊娘は孝順の徳非常に篤く、西方にて仙女と成った。

 前の母の范氏奥様は誠実にして孝順なる人物である。一時は無念の死を遂げたが、閻王によって鄧尚書の家に投胎するように送られ、既に七歳になる。

 范氏はたゆまず善心を保ったため、彼の成長を待って西方に至らせる。

 馬耳山の母と兄もまた修行により道を得た。今又お前が仏道に帰依したため、やはり西方に至るであろう」

 如来は一通の手紙を玉帝に宛ててしたため、華光を玉封仏中上善王顕頭官大帝に封じるように上奏いたしました。これに伴い、華光にまつわる多くの人々も、共に如来の上奏によって西方へ送られたのです。


 こうして華光は永く中界を護り、万民が男子を求めれば男子を与え、女子を求めれば女子を与え、商売には一に対して十の利を与え、学生は合格させてやり、霊験も御利益もあらたかとして、末永く祀られたということです。