第十回 華光 清涼山を占領する

 さて華光は天兵を退けたとはいうものの、未だ母親には会えず、イライラしておりました。ちょうど龍瑞王をとっ捕まえて母親の敵を討ちに行こうとしたその時です。突然天曹から使いがやってきて、玉旨を持ってまいりました。華光が洞中に出迎えると、使いの者が玉旨を読み上げて曰く――

『朕が「卿が下界にいる」という知らせを聞いたとき、群臣たちは揃って「卿に反逆心があるのだ」と訴えた。それを聞いて朕は怒り、卿を捕らえるべく将を差し向けたのである。

 だが今如来に卿が下界へ下ってからというもの、五匹もの妖鬼を収め、民を助け災いを取り払って朕のために功を成したことを説明していただいた。朕は釈然として恨みも消え、卿の今までの罪を許し、元通りに復職しようと思う。しばし下界へ居て末永く万民より香火を受け、朕が取り立てて用いるときは天曹へ戻ってきて功を立ててもらいたい。叩頭して恩に謝す』

 華光はこれを聞いて恩に謝し、宴席を整えて天曹の使いを歓待してから別れました。華光は大喜びで、部下たちに申します。

「今日天に封ぜられたは良いが、まだ母上が何処に行ったかは分からん。どうしたもんかな?」

 千里眼が申し上げますに、

「もし奥様をお捜ししようとされるなら、あの日奥様は龍瑞王にさらわれたのですから、龍瑞王をとっ捕まえるしかありません。そうすればきっと奥様を救い出せましょう」

 華光はそれを聞くと千里眼・順風耳の二鬼に洞府を守るよう言いつけ、すぐに雲に乗って山左屋の壇に直接押しかけました。

 龍瑞王が壇に座っていると、突然華光がやってきました。龍瑞王は華光が母親の行方を探しているのを知ってますので、立ち上がって返事をしようとしますと、華光は真っ正面から罵ってきました。

「てめえこのクソハゲ野郎、俺の母親に何の恨みがあって、てめえは俺の母親をさらっていったんだ? 今母親は何処にいるんだ? さっさと俺に返せば良し、だがもしイヤだの『イ』の字も言ってみやがれ、てめえなんざぁ『死して屍埋めるとこなし』ってぇことにしてやるぞ!」

 龍瑞王、

「華光よ、お前には分別というものが無いようだな。一体誰がお前の母親をさらったというのだ? 私がさらったのは吉芝陀聖母だ。一体どういう理由があってお前は私を責めるのだ?」

「まさにその吉芝陀聖母が俺の母親なんだ」

「お前ほどの者が妖怪を母親と認めるのか?」

 華光は怒り狂って、

「てめえは俺の母親を返さないばかりか、逆にイチャモン付けやがって! 言葉はわずかでも、この身の痛みは大刀に斬りつけられたにも等しいぞ!」

 と、手にした金磚を龍瑞王めがけて投げつけました。龍瑞王は金磚を見るや、雲に乗って清涼山まで逃げ出します。華光は天眼を見開いて龍瑞王が清涼山まで逃げていくのを察し、後を追いかけていきました。



 さて龍瑞王は清涼山まで逃げ込みました。文殊と普賢は突然龍瑞王がやってきたので、互いに挨拶を交わします。二人は尋ねて、

「先生がこちらへおいでになったのは、一体何をお知らせにいらしたのですか?」

 そこで龍瑞王は華光が母の行方を尋ねて彼を追いかけていることを一通り話しました。

 文殊と普賢、

「そういうことなら、私の青毛の獅子にお乗り下さい。そして裏門から逃げ出して釈迦如来様のところへ行けば、きっと逃げることができましょう」

 龍瑞王は二人に拝謝し、青毛の獅子に乗ると裏門から逃げ出しました。文殊・普賢の二人は相談して――

「情け心で龍瑞王を逃げさせたが、華光がやってきたら一体どうやって追い返したものか?」

 文殊、

「なに、もし華光がやってきたら、その時は私とお前のどちらか一人は耳の不自由なフリをし、もう一人は口の利けないフリをすればいいんだ。そうしてわざと奴にまとわりつき、龍瑞王殿を世尊のところまで逃がしてさしあげよう」

 普賢、

「それがいいな」

 二人が話し終えたところへ華光がやってきて、二人に相見えました。

 華光、

「お二人にお尋ねしますが、龍瑞王の奴を見ませんでしたか?」

 二人はそれぞれ耳や口が不自由なフリをしながら「龍瑞王を見た」と答え、それからお茶を飲みに行きました。華光はお茶を飲み終えて、また龍瑞王を見たかどうか尋ねました。今度は二人は「見なかった」と答えます。

 華光、

「あんたらはたった今見たと言ったが、今はまた見なかったと言う、何故なんだ?」

 普賢、

「小弟はいささか耳が不自由ですし、文殊は口が利けません。それでお話がはっきり分からず、天王にデタラメを答えてしまったのです」

 華光は怒り狂い、天眼を開いて一瞥しますと、龍瑞王が青毛の獅子に乗って裏門から西方の如来のところへ逃げて行くのが見えました。そこで華光は罵って、

「てめえらこのボンクラどもが、龍瑞王はここにやって来て、てめえらが奴を青毛の獅子に乗せ、裏門から西方の如来のところへ逃がしやがったな! しかもわざと一人は耳の不自由なフリをし、もう一人は口の利けないフリをして茶なんかを使って俺にまとわりつき、奴に逃げさせて、俺があいつに追いつかないようにしやがったんだ! この悪たれどもめ! 俺がしばらくして龍瑞王を捕まえて戻ってきたら、絶対にお前ら二人も逃がさんぞ!」

 言い終えると、すぐさま龍瑞王を追いかけに向かいました。文殊と普賢は華光に返す言葉もありません。このことは、ここまでと致します。



 さて龍瑞王は文殊と普賢の二人に助けられ、青毛の獅子に乗って霊山までたどり着くと、世尊如来に拝謁いたしました。

 如来、

「弟子や、何でここに来たのだね?」

 そこで龍瑞王は吉芝陀聖母を捕らえ、華光に追いかけられていることをつぶさに話したのでした。それを聞いて如来、

「そういうことなら構わないから、私の蓮華座の後ろに身を隠しなさい。ここなら都合が良かろう」

 そこで龍瑞王は急いで蓮華座の後ろに身を潜めました。少しして、華光も霊山まで追いかけてきて、如来に拝謁いたします。如来が尋ねて、

「弟子や、何故ここへやって来たのかね?」

 華光、

「龍瑞王が私の母を連れ去ったので、龍瑞王をとっ捕まえようとしているのです。龍瑞王は私に追いかけられて、師父のいるこの山へ逃げ込みましたが、師父、奴をご覧になりませんでしたか?」

「まだ誰も来ていないよ」

 華光はまだ来ていないと聞いて、すかさず天眼を開いて見てみると、龍瑞王が如来の蓮華座の後ろに身を隠しているのが見えるではありませんか。華光、

「お師匠様がえこひいきをなさるとは! どちらもあなたの弟子ですのに、どうして私を騙したりするのです? 龍瑞王がお師匠様の蓮華座の後ろに隠れてるのは分かってるんだ、さあさっさと出てこい!」

 如来はこれを聞くと、呪文を唱えて印を結び、寺中をたくさんの龍瑞王の幻でいっぱいにしてしまいました。華光は思いをめぐらし、

「お師匠様もよくよく俺を騙すこった。神通力でもって寺一杯に龍瑞王の幻を作り出し、どれが本物で偽物か分からなくしちまうんだからな。こうなりゃまた天眼を開いて見てみるか」

 見てみますと、本物の龍瑞王はまだ蓮華座の後ろに隠れております。華光は龍瑞王を指さして罵りました。

「このくそハゲ坊主め、お師匠様の蓮華座の後ろなんかに隠れやがって! さっさと出てきて俺の母親を返せ!」

 今度は如来が華光を罵り、

「この愚か者、お前のその天眼は私がお前に与えたもの。なのにそんな大それた事をして、よりによってこの私の目の前で弄ぶとは!」

 如来が呪文を唱えて手招きしますと、天眼は如来の方へ招き寄せられてまいります。華光の第三眼はまだ見ることが出来るでしょうか? 

 華光は天眼を如来に取られて、もうどれが本物の龍瑞王か見分けがつきません。カンカンに怒って、どうして天眼を取ってしまったのか如来に尋ねました。

 如来、

「私がお前に賜った宝を、お前は私の目の前で弄んだ。今はまだお前に天眼は返せないが、お前が仏道に帰依したら、その時こそまさにお前に返してやろう」

 華光はこれを聞いて更に怒り狂いました。三角金磚を取り出すと、投げつけて如来の頭を割ってやろうといたします。しかし如来は金磚を手招きして、金磚を取り収めてしまいました。そして金磚を胸の前に貼りつけると、「卍」の一字を焼き付けてそのまま体内に収めてしまったのです。

 師匠に手を挙げようとした華光に如来は怒り、すぐさま華光をひっ捕まえました。そして如来が呪文を唱えると、なんと華光の四肢はぴくりとも動かせなくなってしまったのです。華光は泣き叫んで、

「お師匠様、命ばかりはお助けを! 私がやってきたことは全て母の為なのです、なのに今日このような罰を私にお与えになるとは、お師匠様は出家の人として間違ってはおられませんか?」

 如来はこれを聞いて笑いながら、

「この馬鹿者めが、口ばかりは達者だな。天眼を見開き、金磚を使って好き放題したためにこうして私に捕らえられたというのに、まだ命乞いしてくるとは。私はお前とは考えが違うのだ。お前は『母のためだ』と言ったが、それは孝行で大変良いことだ。だが龍瑞王がお前の母親を捕らえたのは、民を助け害を除かんとするが為なのだ。

 今はお前と龍瑞王を会わせるわけにはいかんが、お前は解放してやろう。母親を救い出したらすぐに仏道に帰依するのだぞ」

 華光、

「お師匠様に天眼を取り返され、三角金磚まで取り収められてしまって、弟子には今や何の宝もございません。こんな状態でどうして母を救い出せましょう?」

「ならば金磚はお前に返してやろう。天眼はお前が仏道に帰依する日を待ち、その時こそ返そう」

「もしも母を救い出したら、すぐにお師匠様のもとへ仕えましょう」

「もしお前が母親を救い出しても来なかったらどうするのだね?」

 そこで華光は天に向かって誓いを立てました。

「もしも華光が母親を捜し出した後も、仏道に帰依し師匠に仕えないことがあらば、この華光六根が揃うことはないであろう」

 これを聞いて如来は華光に言いつけました。

「では再び災いの種を生むことなく、ひたむきに母を捜し求めるのだぞ」

 華光はただ唯々諾々と承知いたします。そこで如来は金磚を取り出そうとして胸前で手をちょいと動かしますと、如来の胸に「卍」の文字が浮かび上がりました。更に如来が真言を唱えますと、元通り金磚を華光に返したのでした。後に如来の胸に「卍」の一文字がありますのは、このことによるのです。

 華光は金磚を取り戻したものの、天眼を失い、恨みを抱きながらも霊山を後にしました。如来はすぐの龍瑞王を呼び出して、こう言いつけました。

「華光は今天眼を失い、そなたを見つけだすことは出来まい。おなたはしばらく左壇には帰らず、ここで経を聴き説法をしていなさい」

 龍瑞王が拝謝したことはさておきまして――



 さて華光は如来に天眼を取り返され、ひどく恨んで考えました。

「これというのも文殊と普賢のせいだ。あの二人が一人は耳が聞こえないフリ、一人は口の利けないフリをした上、茶なんか出して俺を引き留め、龍瑞王に追いつけなくしやがった。だからこそ俺は霊山に行ってお師匠様を怒らせ、天眼を取り上げられたんだ。どうしてこの敵を討たずにおれよう! ようし、こうなりゃ観音菩薩に変身して清涼山文瑞院に行き、仇を討ってやる!」

 呪文を唱えて体を一揺すりすると、華光は観音菩薩に化けて清涼山へ入っていきました。

 文殊と普賢が座っていたところ、突然観音菩薩がやってきたとの知らせが入りました。文殊・普賢はすぐに出迎えて拝謁の礼を終えますと、ニセ観音が申しました。

「華光はあなた達二人が以前龍瑞王に手を貸したために、この文瑞院を占領しようとしておりますよ」

 文殊と普賢、

「もしあの賊めが来たら、一体どうしてくれよう!」

 この言葉を言い終わらないうちに、何とまたもや観音菩薩がやってまいりました。文殊と普賢は驚いて、

「ここにも観音菩薩様がいらっしゃるというのに、外からもう一人いらっしゃるとはどういうことだ?」

 ニセ観音、

「外からやって来た観音菩薩こそすなわち華光です。文瑞院を奪うため、私に変身して押しかけてきたのでしょう。二人でよく子細を改めなさい」

 そうは言っても文殊や普賢にはどちらが本物で偽物か見分けがつきませんから、外からやって来た観音を出迎えると院の中に招き入れ、二人の観音を相見えさせたのでした。

 ニセ観音、

「お前は私に化けてやって来て、我が弟子の文瑞院を一体どうする気です?」

 本物の観音が応じて、

「華光、あなたというならず者はまことに不遜。私はあらかじめあなたが我が弟子の文瑞院を奪いに来ることを慧眼をもって察し、たった今ここへやって来たのです。

 あなたは今私の姿に化けていますが、大人しく去れば良し、ですがもし心を改めぬというのであれば、口を利くことも出来なくしてさしあげましょう」

 ニセ観音もまた真の観音とそっくり同じ言葉を繰り返すので、文殊と普賢の両人には真偽の見分けがつきません。

 真の観音、

「あなたがまだ自分が本物だと申すのならば、私と宝比べをいたしましょう」

 ニセ観音も答えて、

「いたしましょうとも!」

 真の観音は、すぐに千眼千手を現しました。ニセ観音もこれを見て、呪文を唱えて火丹を千眼千手に変えると、両脇に並べます。

 観音菩薩今度は白鸚哥を呼び出し、傍らに立たせました。負けじとニセ観音は呪文を唱えて火鴉を一羽呼び出し、白鸚哥に化けさせて傍らに立たせました。

 続いて観音菩薩は葡萄岩を取り出します。ニセ観音もまた金磚を葡萄岩に変えました。

 真の観音菩薩は笑って、

「もしも私があなたを捕らえようとして、何も難しいことなどありません。あなたが今千眼千手に変えたのは火丹でしょう。白鸚鵡に変えたのはすなわち火鴉。葡萄岩は金磚ですね。どうです、これでもまだ私を騙す勇気がありますか?」

 するとニセ観音もすっかり同じ事を言うのです。

 観音菩薩、

「この大胆不敵なならず者! 私の大慈大悲は、あなたなどとは比べるべくもないものなのに、敢えてこのような大それた事を言うのですね。それでもまだ自分が本物というならば、共に南天宝得関まで行こうじゃありませんか」

 偽者もやはり同じ事を言います。こうして二人は揃って雲に乗り、空中へと上がっていきました。しかしニセ観音は宝得関のところで照魔鏡に照らされるのを恐れ、元の姿に戻って逃げ出しました。観音菩薩も清涼山へとって返し、文殊と普賢へこう申しました。

「私は華光を引き連れて南天宝得関に入り、鉢盂を投げつけてその中に華光を閉じこめ、天兵に引き渡してしまおうと致しました。ですがてっきりかれも一緒に宝得関まで来ると思ったのに、本象を現して逃げ出してしまったのです。私は今から帰りますが、あなた達は注意深くこの山院を守り、決してあのならず者に占領などされないようになさい」

 言いつけ終えると、祥雲に乗って南海までお帰りになったことはそれまでと致しましょう。

 さて華光は元の姿に戻って清涼山までやってくると、大声で文殊と普賢を罵りました。

「てめえらさっさとどいて俺に清涼山を寄こせば良し、イヤだの『イ』の字も言おうもんなら、二人そろって俺の火で焼き殺してやらぁ!」

 怒鳴り声は止むことがありません。文殊と普賢はどうしたものかと相談いたしました。

「もし奴と戦っても、あいつの神通は広大だから勝てっこあるまい。できれば門を閉めて何とかここを守りたいが、恐らくあいつは真火を出してこの院を焼き払おうとするだろうな。そうしたらどうしたら良かろう? 南海へ観音菩薩を頼って行っても良いんだが、あのお方も慈悲深い人だからな……。こうなったら二人で裏門から逃げ出し、雲に乗って天曹に行こう。そして玉帝に『華光が謀反を起こして我々の清涼山を乗っ取ろうとしております』と上奏し、玉帝が兵を起こして奴を捕まえるのを待てばよいのだ。そうだそうだ、そうしよう!」

 二人は話がまとまるとすぐに裏門から逃げだし、雲に乗って天曹へ向かいました。

 華光は罵り続けること半日経ちましたが、いつまで経っても人っ子一人現れません。華光はカンカンに怒って手に金鎗を携え、直接文瑞院に殴り込みました。しかし院の中には誰もおらず、二人が何処へ行ったかも分かりません。これはきっとあいつら玉帝の元へ言い付けに行ったに違いないと思い当たり、これから必ずややってくるであろう天兵に向けて華光が準備を始めたことはそれまでといたします。

 さてこれから一体どうなりますやら。それは次回をご覧あれ。