第四回 霊耀 瓊花会を乱す

 さて玉帝が霊霄殿に昇り、群臣たちも礼を終えると、揚州の后土聖母娘娘と四土星君が水を退け、勝ち鬨を上げつつ帰って参りました。玉帝も大いに喜び、星君たちに賞を賜ります。そして聖母が奏上致しますには、

「私の廟の前に一本の瓊樹がございますが、未だかつて花を咲かせたことはございませんでした。

 ですがこの度水を浴びせられ、それが退いてからはたちまち一枝の瓊花を咲かせ、その香りを三界に漂わせております。恐れながら私このことを包み隠さずお話しし、かの花を我が君に献上いたしたく存じます」

 この聖母の言葉に玉帝も大変ご満悦、すぐに聖母に金花と御酒を賜り、臣下の者たちにこう申しました。

「この花は大変類い希なるものであるな。朕は今から『瓊花会』という会を起こし、文武百官の中でも功績著しい者にはこの花を髪に挿して御酒三杯を賜ろう。ただし功績無き者が『功がある』と偽らぬように」

 そうして、宴主には皇太子の金鎗太子を選ばれたのでした。


 こちら金鎗太子は玉旨を受けるとすぐに文武百官を集めにかかりました。みな次々と会場に集まって参ります。ほぼ全員が集まったところで太子が玉旨を伝えました。

「私は父上よりこの瓊花会を設けて宴主を務め、皆を集めるように命じられた。もし何か功績ある者があれば名乗りを上げよ、この花を髪に挿し御酒を飲むことを許そう」

 太子は群臣に順々に自分の功績について訊ねましたが、皆恐縮と遠慮からか、口を揃えて「自分に功などございません」と言っては名誉を受けようとは致しません。やがて霊耀の順番がやって来ましたが、やはり彼も功をひけらかすことは致しませんでした。

 太子は誰も瓊花も御酒も受けようとしないので、自分の頭に瓊花を挿すと、御酒を数杯ほど飲み干してしまいました。これを見た霊耀は心中ムッとして、このように申します。

「アンタは宴主であって、玉帝はアンタに別の誰かを薦めさせたんだ。なのに自分で自分のおつむに花を挿し、勝手に酒を飲むなんざぁ間違っちゃいないか?」

 これに対して太子は、

「群臣ども皆功績がないと言うのだ、だから私自身に花を挿したとして、何の悪いことがある?」

「ならば俺には立派な功績があるぞ、俺にこそその花を与えるべきだな」

「おまえに何の功があるというのだ?」

「俺は風火二判官を収めたぞ、これが功でなくて何だというんだ?」

 その言葉も言い終わらぬうちに、すかさず瓊花を奪い取ると自分の髪に挿し、また御酒を三杯飲み干したのです。太子は怒って、

「このボンクラめが、そのように大胆不敵なことを申して、上帝を欺こうというのか!」

 霊耀はそれには答えず、いきなり金鎗太子に打ちかかりました。太子も霊耀に打ち返しましたが、臣官たちになだめられて逃げ出しました。

 霊耀は瓊花会を騒がした後、自ら「華光天王」と号しました。しかし思うに、

「一時の苛立ちで太子をぶん殴ったが、もし玉帝に知られたら当然懲罰は免れんぞ、どうしたもんかな」

 この有様に群臣どもは驚いて、バラバラにいなくなってしまったことはそれまでといたします。


 さて太子は霊霄殿へと逃げ帰ると、玉帝の前で泣きながら上奏いたしました。

「不肖私め、父上の命により宴主を任されましたが、霊耀の奴は玉旨を尊ばず、瓊花会を荒らして私をひっぱたき、自ら華光天王と号しております。とても私の手には負えません。どうか今からでも父上が宴主をなさって下さい」

 玉帝は息子の言葉を聞くと大いに怒り、すぐに霊耀に謁見するよう命じました。そして曰く、

「そなたは臣下で我が太子は主なるぞ、何故このようなことをしたのだ?」

 霊耀は上奏して曰く、

「仰るとおり私は臣下の一人で、太子様はその主でございます。臣下が主を打つなどということがありましょうか? 私は太子にしこたま殴られましたが、手も動かしませんでした。もしお疑いなら、他の大臣たちにおたずね下さい。そうすればはっきり致しましょう」

 そこで玉帝が臣下の者たちに問いかけると、皆口を揃えて「お二人とも全く手は動かさず、口で言い争っただけでございます」と言うばかりです。これを聞いて玉帝は、

「たとえ手を動かさなかったとしても、太子と罵り合うべきではなかろう。そなたが太子に功を認めさせようとしただけなら、何故こうなるのだ?

 まあとにかく、本来なら死罪を免れぬところだが、群臣の証言があるので死罪だけは許してやろう。代わりに現在の職を剥奪し、位を落として卯日宮で働き、その後何か功績があれば免罪してつかわす」

 華光はただただ感謝し、朝廷から退出すると鄧化に謁見しに卯日宮へ赴き、他の大臣たちも何も言わずに朝廷を後にしたのでした。


 さて卯日宮の鄧化は霊耀が瓊花会を騒がしたこと、それを太子から玉帝へ上奏されてしまったこと、位を落とされて自分の部下になることなどを知って大いに喜びました。そうして考えるに、

「霊耀は私の昔日以来の仇敵、それが今日から私の部下になるのだ! これは霊耀が謁見しに来たなら、まずは四十ぺんは殺威棒を食らわし、軽々しく許してはならぬと手下どもに言いつけねばな」

 そうして部下に言いつけ終えますと、ちょうど華光がやってきました。鄧化はすぐに入るように促します。二人が互いに挨拶を終えますと、鄧化は知らないふりをして華光に訊ねました。

「元帥殿が此方にいらっしゃるとは一体何をお知らせにいらしたのです? 衣冠も整えずに、どのようなお手柄を立てられたので?」

 そこで華光は瓊花会を騒がした一件の一部始終を話しました。鄧化は大いに怒り狂い、威張りちらして申します。

「それならば、私が貴様をしつけてやる! なぜ跪かないのだ?」

 華光はやむを得ず跪きます。そこで鄧化は部下に押さえ込ませると、殺威棒で四十あまりも打ち据えました。華光、

「俺はまだ悪さしたわけじゃねえぞ、なんでそんなに叩くんだ? お前は卑怯だぞ、打つな打つな!」

 鄧化、

「貴様は既にあんな無茶をしているじゃないか。まあいい、これからは貴様が法を犯したら、私が貴様を打ってやる。私はこれから毎日本堂で卯の刻に点呼をとるが、貴様は必ず本堂にいて返事をしなきゃならない。もし返事しなければ、四十ぺんは打つからな。また太陽の運行にも付いてこい。もしいなかったら、やはり四十ぺん打つぞ」

 華光はこれを聞き終えても、すごすご自分の部屋へ帰るしかなく、心の中でこう考えるのでした。

「鄧化のならず者めが、あいつと俺は昔っから仲が悪いが、未だにこだわってんな。こうなりゃなんとか一計を案じて分身を作り、そっちは太陽を昇らせるのに付き合わせて、俺自身は本堂にいて卯の刻の点呼を聞こう。あんにゃろう、一体俺をどうするかな?」

 さて鄧化の手下で、名を金鷄という者がおりますが、鄧化は彼にかまわず華光をどんどんこき使い、もし華光が失敗したらすぐ鄧化に知らせるように命じました。しかし意外にも華光は神通を顕わして分身を作り上げたので、失敗は全くありません。金鷄は華光がちっとも失敗しないのを見ると、どうにかして失敗させようと考えてこう申しました。

「俺は家に帰って母の世話を見ねばならん。今日は来ないから、鄧化将軍に従って点呼を受けるもいいし、太陽の運行に付いていくのも良かろう」

 しかし華光はこう考えております。

「この野郎、ついに俺をだます気だな。なんだってこの俺が鄧化たちなんかの怒りを買わなきゃならないんだ? ついにこんな面倒な日々ともおさらばだ。ついでに出勤簿に詩でも数句書いていって、中界に行って正しく生きていくとするか」

 そこで早速卯簿を取り出すと、このようにしたためました。

  恨めしいのは我が運の尽き

  とうとう天羅地網に陥った

  今こそ卯簿にクッキリ記す

  「華光天王日宮に背く」と


 さて華光が詩を書き終えて出ていった後、金鷄が帰ると華光の姿が見えません。金鷄は慌てて鄧化に報告いたしました。そこで鄧化が点呼をとろうと卯簿を持ってこさせますと、そこには四句の謀反を意味する詩が書いてあるではありませんか。それを読んで鄧化は怒り狂い、卯日宮の軍馬を駆り立てると、華光を引っ捕らえに向かいました。

 ちょうど華光が南天宝得関を出ようとしていたその時、鄧化はようやく華光に追いつきました。鄧化が大声で罵って申しますには、

「貴様は何という恥知らず、貴様は元々不埒な真似をしたが、玉帝陛下が死罪を免じて下さったので我が部下になりに来たのだろうが。なのにお前は心根を改めず、あまつさえこんな詩まで書いて、どこへ行こうというのだ? 大人しく縛られればよし、だが少しでも口答えしようものなら、その命無いものと思え!」

 これに対して華光、

「ボンクラ野郎が、いつまでも恨みを抱いて俺の点呼をとったり太陽に付き合わせたりと、さんざんこだわりやがって。もし俺がこうでもしなきゃあ一生お前に捕まりっぱなしだ。そんなのはゴメンだね!」

 これを聞いて鄧化は問答無用とばかりに刀でバッサリ斬りつけました。華光も大いに武勇を奮って戦います。鄧化はしきりに立ち向かいましたが、しばらくすると馬を返して逃げ出し、玉帝へ上奏しに行ったことはさておきます。


 さて鄧化を退けた華光は、中界へ降りていきました。見ると目の前には立派な山がありますが、これがいわゆる朝真山洪玉寺であります。

 寺の中では火炎王光仏が音楽の修行を行っているところでした。華光はこの曲に聞き入り、洪玉寺まで行って火炎王光仏に会うことに致しました。

 この仏は又の名を勧善大師とも申しますが、その大師が禅壇の上に正座していると突然華光が入ってきましたので、謁見の礼を致しました。大師が訊ねて申します、

「天王は天界で元帥の職を手に入れられ、尽きせぬ富と名誉を受けているとうかがっておりました。今日この山寺に光臨なされましたのは、一体どういうご用ですかな?」

 そこで華光は瓊花会を騒がしたこと、金鎗太子を打ったこと、元帥の職を削られて日宮で働かされたことなどを一通り話しました。

 大師、

「それでは一体なぜここへ?」

 華光、

「思いがけなくもあの鄧化という野郎は、私に恨みを抱いて私の点呼をとったり太陽に付き合わせたりさせるのです。そこで私はこのままではいつまで経ってもこんな日々が続くと思い、一時の苛立ちから謀反詩を書き付けて中界へ逃げ出したのです。

 老師の法戒の噂はかねがね耳にしておりました。不肖私め、弟子入りしたく思うのですが、お許し下さいますでしょうか?」

 大師は大変喜び、早速華光に以前のような振る舞いはせず、自分の法戒に従うように言いつけました。華光がその命を受けたことはそれまでと致します。続きは次回の解き明かしにて。