第三十二回 小行者の金箍棒名を馳せること 猪一戒は玉火鉗に挟まれること

 

 

 さて唐半偈と小行者は六賊を退治し、三屍大王をやっつけ、劉家一家の命と皮嚢山を災いから救ったのでした。皆で喜び合い、また西へと旅を続けます。

 

 進むこと一月余り、道を遮るものもなく、平穏に過ぎていきますので、半偈は更にご機嫌です。

 曰く、

「ここのところ、ずいぶんと平和だのう。思うにだんだんと西天へ近づいているに違いない」

 小行者は笑って、

「西天なら近づいているには近づいてますがね、旅路が平和かどうかなんて、西天と何の関係があるんです?」

 半偈、

「西天は御仏のおわす地にして、仏法により浄められておる。故に道も平和なのだ。何を関係ないことがある?」

「もしお師匠様の言うとおりなら、悟りを開こうと思ったら西天に引っ越すだけで良いわけですね。苦しい修行なんて要りません」

「確かに悟りとは心に在るもので周りに在るものではあるまい。だが畢竟仏のおわす山を霊山といい、仏の乗る雲をして慈雲といい、仏の降らせた雨をして法雨という。とすれば、西天に近づく者が仏の加護を受けるのは道理だ。でなければなんでこの辺りだけがこんなにも平和なのだ」

「お師匠様は、机上の空論で『近づいてるらしい』とか仰有ってるに過ぎませんな。私が観察するに、このところ平穏無事なのはお師匠様のお心が安らかだからですよ。まあ見ててご覧なさい、そのように御自分のお心を軽んじ、御仏ばかりに頼っているようなお心づもりでは、またぞろ何やら起きるかも知れませんよ」

 

 と、履真が言い終わりもしないうちに、突然道ばたから一人の和尚が飛び出してまいりました。半偈和尚や弟子達四人を一瞥すると、声も出さずに逃げ出します。半偈はその様子を見て怪しみ、こう言います。

「弟子や、そなたあの和尚を見たかい? どうもおかしいね。もしや履真が『何か起きるかも』なんて言ったからその通りになったんじゃないのかね?」

 履真、

「お師匠様、私の予言が当たるのがご心配なら、まずは御自分のお心を静めることですな」

 一戒、

「お師匠様ったら、あんな奴に構うことありませんや。兄貴のあの口と来たら、四六時中でたらめばっかり言ってるんですから。禍福を定め生死を決する朱雀口でもなければ、言うこと一々ごもっともな塩醤口でもなく、ましてやヤな事ばかりで良いことを言わない烏鴉口でもないときてる。まあつまるところ、奴の言うことは耳元をそよぐ秋風か、あるいはケツの穴から放たれた屁みたいに思っときゃ良いんです。聞いたって何にもなりゃしませんよ!」

 小行者は笑って、

「弟よ、巧いこと立ち回るじゃないか。俺の口よりお前の口を信用しろってわけだ」

 一行はそんな風におしゃべりしながら、やがてとある村にたどり着きました。

 

 半偈が馬から下り、斎を求めに行こうとしていると、村から年老いた和尚が二、三人の小坊主を引き連れてやって来て、こう訊ねました。

「東からお越しのお坊様がた、もしや皆様は西天へ行こうとなさってらっしゃいませんかな?」

 小行者は慌てて答えます。

「まさに西天へ行くところだが?」

 和尚、

「もし西天へ行かれる途中でしたら、この中に金箍棒の使い手で孫様とおっしゃるお坊様はいらっしゃいますか?」

 小行者はそれを聞いてビックリです。

(この和尚め、何だって俺の名前を知ってるんだ?)

 そこで小行者答えて曰く、

「居るには居ますがね、なんで奴のことを聞いたりするんです?」

 和尚は「居る」と聞いて、大喜び。

「皆様、何故私が孫様を探しておるのかお知りになりたいんでしたら、ぜひわしの小庵にお越し下さい。座ってゆっくり話しましょう」

 小行者はすぐに「行きましょう」と応じますが、半偈はためらい、こう申します。

「履真や、彼らが敵か味方かも解らんのに、行ってどうするのだね? 何よりも我々は我々の行くべき道を進むべきだよ」

 和尚、

「わしめと貴方様は同じ仏門の徒、どうして敵なもんですか。それにもしこちらに孫様がいらっしゃるんなら、行こうったって行かせやしませんからな。もしコッソリ行こうとするなら、必ず見つけ出して連れ戻してしまいますからな!」

 これを聞いて、猪一戒が口を挟みます。

「お師匠様、コイツはいけません。このサルめはちっちゃい頃から悪ガキで、どうせ賊となって何かしらの悪さをしてたとか、あるいはこの棒で人を打ち殺すとかしたに決まってますよ。それで今になって告訴されて、逮捕状が出回ってるんだ。こいつは自業自得、俺たちにゃなんの関係もございません。俺たちは付いてったってどうしようもありませんや。もしも奴に付いてって、でたらめな裁判官に当たったりしたら、有無を言わさず奴の仲間にされちまう。そんなことになったら、どうやって言い逃れするんです?」

 和尚、

「この口の長い坊様と来たら、何だってこんなに変な気を回すんじゃろう。行くべき道を行くとおっしゃるならそれもよろしいが、もうじきお昼ですからな、わしの小庵にいらしてお斎を召し上がれてから行かれるんでも宜しいでしょう」

 猪一戒も「お斎を召し上がれ」と聞いては、大人しく口をつぐみます。

 和尚は小坊主達に道を案内させ、自分もまた先に立って進みます。半偈は馬を下り、皆を引き連れて、和尚と共に村へ入りました。

 

 二町も行かないうちに、和尚の小庵にたどり着きました。

 庵の中は数間の広さはありますが、何ともぞんざいな作りで、雨風を凌ぐのがやっとです。皆が庵に入り改めて挨拶致しますと、和尚は小坊主達に食事の用意をするよう言いつけました。

 小行者は待ちきれずに訊ねます。

「ご住職、飯のことならば焦らなくって結構です。

 それよりもお伺いしたいんですが、ご住職はどんなご縁があって、金箍棒を使う孫行者を捜しておられるんで?」

 和尚、

「それを話せば長くなりますが……。

 ここから西に行くこと三六〇里ほど先に、大剥山という山があります。山には一人の老婆が住んでおりますが、誰もその婆さんがいくつかは知りません。

 遠目に見れば髪は真っ白ですが、近づいてよーく見てみますと肌はツヤツヤで美玉のよう、見目麗しいことは桃の花のごとし。そこで自ら長顔姐姐とか、不老婆婆と呼んでおります。

 一見したところは年かさに見え、さぞ落ち着きもあるだろうと見えるのですが、実はコイツが酷い乱暴者で、心身共にシャキシャキしているのです」

「ご住職のお話を伺いますと、確かにその婆さんはあやしいようですが、そいつは仙人なんですか? それとも妖怪で?」

「わしらが見たってその二つの違いはわかりゃしませんです」

「なに、難しいことはありません。

 奴がもし道教の装束を着て、心を浄め香を焚いて修行してるんならば仙人ですな。

 もしも暴威を振るって民草を脅し、殺生ばかりしているようなら、奴は妖怪で決まりです」

「あやつは確かに道教徒の衣服を着てはおりますが、心を浄めて修行に励んどる様子は見たことがございません。また、確かにあやつは気炎を揚げておりますが、人を殺すところは見たことがございません。

 あやつは他のことには一切構わず、一年三百六十五日、ひたすら天下から腕に覚えのある若者ばかりを集めて、その者と一戦交えてお楽しみをしとるんです」

「その“一戦交えてお楽しみ”というのは、もしや閨房の中でする、ハレンチなアノ事ですか?」

 小行者の問いに、和尚は頭を横に振り、

「いいえ、そうではございません」

「アノ事じゃないんなら、なんだって“お楽しみ”なんていうんです?」

「あやつの武器は玉火鉗と申しますが、これは元々女媧が五色石を練って天を補った時、炉の火を起こすのに使ったものです。

 補天が終わりましても、この鉗(やっとこ)の火の気は消えず、山の裏側の日陰で冷ましておったんですが、片づけるのを忘れられたまま、山のどこかへ行ってしまいました。

 これがいつの間にか、不老婆婆に拾われまして。奴はこれを手に入れてからというもの、終日丹誠込めて磨き上げ、ついに至宝の武器として完成させたのです。

 以来、槍や棒を得意とする好漢に逢うと挑みかかり、一戦交えては汗を流してはスッキリしております。そんなわけで、不老婆婆は毎日ただ腕の立つ若者を捜しては挑むことばかり考えておるのです」

「奴にそんなお楽しみがあるんなら、別に孫様の如意棒なんかいらんでしょうに、何だって奴は孫様を探してるんです?」

「あやつの玉火鉗は天で生まれた神器ですから、開くも閉じるも自由自在、そりゃあすごい武器なんです。まさに天下に名だたる兵器、ひとたび奴の鉗に挟まれると、全てはフニャフニャに溶けてしまいます。人の世界の凡器は言うまでもなく、天上におわす韋駄天の降魔杵でさえ、奴の鉗に挟まれれば溶けて水になるでしょう。

 だからあやつは誰と戦ってみても満足出来ず、あちこちに自分の目に叶う豪傑を捜し求めておりました。そこで耳にしたのが、天から生まれた石猴・孫悟空の持つ金箍鉄棒の噂です。禹が治水の際に江海の深さを定めるのに使った神珍鉄で、大小伸縮自由自在、まさに天下一品のお宝とのこと。

 しかしその昔、孫大聖が西方へ旅していた折りには、あいにく不老婆婆とは巡り会わず、一戦交えることが出来なかったのを奴は今でも恨んでおるのです。

 ところが最近新たに聞くところによると、孫悟空は仏になったが、その古巣である傲来国の花果山の霊気が凝り固まり、また一匹の石猴が生まれたそうです。その石猴が再び鉄棒を振るい、霊山へ取経の旅に出たというので、必ずやここを通るであろうと、あやつの部下が無理矢理わしに日夜探させておるのです。

 今日お師匠様がたとこうしてお会いできたのも、誠にご縁があってのお導き。一体どなた様が孫師匠でいらっしゃいますか?」

 小行者は大笑いで、

「俺様が孫ですよ。俺はてっきりそいつが俺を目の敵にし、命を取ろうとしてるのかと思ったが、まさか俺の棒とお遊びしたいとはな!

 棒を使えというなら使ってやっても良いんですがね、あいにく俺様は今仏教に帰依し、和尚となって仏門の教えを守る身。婆さんと棒遊びなんてして良いわけないでしょう? おまけにこの金箍棒はすこぶる目方があるんだ。ちょいとぶっつけただけで命だってふっ飛んじまって、とても楽しむどころじゃないさ。

 だから和尚様はそのババアを騙し、俺たちのことは内緒にして、コッソリ逃がしてくれるのが一番ですよ。そうすりゃ奴の命も長らえることが出来るし、和尚様の陰徳にもなるってわけです」

 和尚、

「そうはまいりません。先程わしの弟子は、ようやく孫様がたがお越しになったとて、もう不老婆婆の手下に知らせに行ってしまいました。あいつらは雲に乗れますから、恐らくはもう婆婆の耳にも入っているでしょう。今さらどうやって誤魔化すのです?」

「和尚様が奴を騙すも騙さないもあんたの自由ですがね、俺が奴に棒を振るわないのも、これまた俺の自由でしょう?」

「不老婆婆が孫師匠を待ちこがれること、一朝一夕ではございません。こうして一たびお会いしたからには、貴方様に選択の余地はないのです」

「俺に選択の自由がなくって、奴の好きにさせるのですか?」

「私もこんな事がしたいわけではないのですが、奴の言うことを聞かねばどうなるか……」

 それまで横で聞いていた猪一戒が、喚き出しました。

「兄貴ったらおかしいや! この坊さんは俺たちに飯を食わせてくれるって言って連れてきたんだぜ。今まだお斎にもお会いせず、生きるの死ぬのなんて、こんなつまらん話ばっかりして!」

 和尚は笑って、

「全くですな、わしゃ話に夢中になって皆様がお腹を空かしてらっしゃることをすっかり忘れておりました」

 と申しますと、自ら立って斎の用意をしに行きました。

 

 間もなくお斎が用意され、師弟ともども食べ終わると、半偈一行は旅立つ用意をいたします。

 和尚、

「皆様がたが別の所へ行かれるというのなら、わしもかまいやしませんです。

 ですが皆様が西へ行かれる以上、行くも留まるも同じ事。宜しければわしもお供させて下さいませ。

 一つには、わしがでたらめを言ったんじゃないとはっきりさせる為、もう一つにはこの先にもう一つ小庵がございますので、皆様にそこへお泊まり頂けるようご用意させていただくためです」

 小行者、

「和尚様が言ってるのがデタラメかどうかは、奴とご対面すれば分かるさ。

 それよりその庵に泊まるんなら、急がなきゃな!」

 そこで半偈を助けて馬に乗せ、みな助け合って西へと向かいました。

 

 まさに、これ――

 

 東に東公いれば      東有東王公

 西に西王母あり      西有西王母

 道がない所ないけれど   無処不有道

 魔が居ない場所もなし   無処不有魔

 

 

 さて一行が数十里ほど進むと、辺りはすっかり暗くなりまして、和尚は一行を庵に案内し一夜を過ごしました。やがて夜も明け、さぁ出発しようと支度をしておりますと、そこへ仙家姿の中年女二人が挑戦状を手にやってきました。二人は和尚を呼び出して、挑戦状を孫氏に渡すように言いつけます。小行者がそれを受け取ると、中にはこのように書かれておりました。

 

『大剥山の長顔姐姐不老婆より

   傲来国花果山の天生聖人 孫様へ

 

 何でも、聞いたところによると――――

 

  天が育む英雄 孫様

  天下無敵のその強さ

  だけど長い人生 ひろい天地

  どうして独りでおられましょ

  風は嘯き雲は吟い

    世に争いの種は尽きまじ

  花は香り柳は緑

    男女は互いに想い細やか

  好敵手に逢わなけりゃ

    どうして雌雄が決せましょ

  同志に出逢ったその時は

    いまこそ白黒つけるべし

 

 と申します。

 妾、恥ずかしながら陰精や生気を吸い取るといったことは出来ませんが、幸いにして優れた地神に教えを賜りました。おかげで金丹大薬を必要とせずとも、こうしていつまでも美貌を保っていたのですが、煉丹を怠けたばかりに髪は真っ白になってしまいました。

 腕前にしましてもごく平凡で技もなく、ただ殿方との打ち合いに少々長けているばかりです。この身体に張り付いた玉火鉗で思い切り挟んでやると、へなちょこ戟や老いぼれ槍は遠くから見ただけで身を隠し、なまくら錘やフニャフニャ杵は影を見ただけで逃げ出すといった次第です。おかげで私の相手になるものは無く、一人寂しい思いで日々溜息をついております。

 そんな折り、孫様のお噂を耳にいたしました。何でも孫様は石心石骨を身につけ、鉄脳鉄頭と成られていらっしゃるとのこと。いわんや神珍の棒と来たら堅硬にして剛強、金箍の号を持ち、しかも仙法に通じて長短大小も自由自在、如意の名を欲しいままにしてらっしゃると聞き及んでおります。まさに強者の戦士、業物の武器。もしも貴方様にお相手願えましたら、さぞや楽しませていただけましょう。お近づきになれる日を、いつも夢見ておりました。

 今こうしてお目にかかれたのも、きっとご縁があったというもの。どうぞ私のこの気持、早くご覧になって下さいな。お噂に嘘がなければ、きっと楽しい勝負が出来ますわ。

 でも、もしもあなたがニセモノならば、何も無理に手合わせすることはありません。山の前まで来て、命乞いをなさるのなら許して差し上げましょう。

 では、お返事お待ちしております。』

 

 小行者は読み終えると、ゲラゲラ大笑いです。

「このババアときたら本当に恥知らずな奴だ。決闘の果たし状を書くのに、こんなに媚びを売って、まるで間男へ当てた恋文じゃないか。ほんとならアイツとやり合ったって俺様の棒を汚すだけだし、やる気はなかったんだが、アイツの頭の中は俺様の棒でいっぱいらしい。こうなるとアイツに一発くれてやらなきゃ、俺は無慈悲な坊主ってことになっちまう。全くしょうがねえな!」

 そこで小行者は和尚に筆と硯を持ってこさせ、果たし状の最後にこのような二行を書き付けました。

 

 ――もしも婆さん死にたくば

   みどもに命を納めるべし

 

 書き終えると、果たし状を和尚に渡し、使いの女どもに持って帰らせます。二人の女は返事がもらえたので、嬉々として帰っていきました。

 それから小行者は猪一戒に荷物を担がせ、沙弥には馬を引かせ、半偈を助けてまた西へと旅立ちました。和尚はまだ安心出来ず、なお前へ後ろへ付いてきます。

 

 こうして師弟一行が西へと進むこと一日余り経ちますと、遙か彼方に大剥山が見えて参りました。その姿は非常に美しく、詩にも残っております――

 

  連なる山々は奇妙にとがり

  ただ慈山あり 麗にして華

  眉山は才子の墨で描いた様

  髷には高く挿す 美人の花

  朝焼けは峰に流れる紅い袖

  青靄は岩々に掛かる翠の紗

  五陰の悉く剥がされるとも

  一陽は尽きず玉には傷無し

 

 

 一行は山に着きましたが、しかしゆっくり景色を観賞する心のゆとりはありません。不老婆婆との戦いに備えて、景色など目に入らないのです。山へ入っていくにしても、どこかに婆婆やその手下が忍んでいないとも限りませんので、自ずと歩みは遅くなります。

 その時、突然山中に太鼓を打ち鳴らす音が聞こえて参りました。

それを聞いて、半偈が申します。

「弟子や、あの不老婆婆とやらは先に果たし状を送りつけて来るからには軽々しいことはしまいと思っておった。だが私たちが山に入ってきた途端こんなに喧しく鐘を鳴らしたりして、きっと大軍の兵を率いてくるつもりだぞ。お前達は先にしっかり様子を伺って、安易に戦ったりせぬようにね」

 小行者、

「私もそう思っておりました。お師匠様の仰ることも尤もです」

 そこで小行者は、一戒と沙弥を見て申しました。

「あのババアが出てきたら、お前達が俺より先に行って奴と手合わせしてこい。俺は横で奴の腕前がどんなもんか見てるからな。連携作戦といこうじゃないか」

 二人は声をそろえて答えます。

「大丈夫、俺たちに任せて下さい!」

 そこへ、色とりどりの旗をひらめかせ、太鼓を打ち鳴らしながら、山中より兵士の一群が躍り出てきて、陣形をとりました。更にその後からは、仙人風の装束の女兵士達が現れました。女兵士達の中央には、取り囲まれるようにして玉火鉗を持った一人の老婆が立っています。

 老婆は唐半偈一行の姿に気が付くと、大音声に呼ばわりました。

「四名のお坊様方の内、どなたが金箍棒の使い手の孫様だい? さあ答えなさい!」

 これを聞くと、沙弥はサッと降魔禅杖を振り上げてがなり立てます。

「そこのババア、そんなにいい年をして頭だって真っ白のクセに、物事を知らんな。何だって孫お爺さまの鉄棒のことしか聞かないんだ? この沙お爺さまの杖だって十分お前さんを打ち殺せるんだぞ」

 これを聞いて不老婆婆は呵々大笑。

「金剛力士くらいの好男子だって私の気を引くことは出来やしないわ。ましてあんた如きの見習い坊主、何ほどのものだってんだい?

 でも私の意に満たないっていうのは、あんたにとっちゃ幸運だよ。少しでも知恵があるなら、私のことには構わずひっそり大人しく生きてればいいわ。なのに何だってわざわざ言い争いに来たりするのさ? さてはあんた自分じゃあその杖、上物だとでも思ってるんだろうけど、こんなモンは竿竹ぐらいにしかなりゃしないね。私の玉火鉗の相手になるもんか!」

 沙弥、

「俺は玉火鉗とやらがどんなものか、またどんな勝負をするのかは知らんがね、ただこの杖でお前という化け物を打ち殺して、求解の旅の手柄にしたいだけさ」

 そう言いながら、一方では禅杖を振り上げ、婆婆の脳天めがけて真っ向から打ちかかりました。しかし婆婆は慌てず騒がず、沙弥の禅杖を見るやヒラリと身をかわし、玉火鉗を使おうと致しません。沙弥は一撃目が当たらなかったので、またも打ちかかっていきますが婆婆も再びヒラリとかわします。

 かわすこと三度、婆婆は禅杖がもうかかってこないと見るや、玉火鉗を空中に放り上げました。それはまるで白い龍のように沙弥に襲いかかります。

 最初、沙弥には玉火鉗は一筋の光のように見えました。しかし目の前までやって来ると、忽ちそれは二つに裂けて大きく口を開き、沙弥を頭から呑み込もうとしております。

 沙弥は慌てて手足をばたつかせ、禅杖をつっかえ棒にすることで鉗に挟まれるのを防ぎ止めました。しかし、禅杖は鉗にがっちり挟み込まれてしまい、今にも真っ二つにされてしまいそう。慌てて沙弥は禅杖を取り返そうと致しますが、ピクリとも動きません。

 婆婆は沙弥の様子を見て笑いながら申します。

「これが他の武器だったら、玉火鉗に挟まれたが最後、とろけて鉄汁になるか、そうでなくともペッタンコにされてスコップになっちまうんだよ。だがあんたの武器はなかなか由来のある代物のようだね。玉火鉗に挟まれても、とろけもしなけりゃ平らにもならないなんて。

 コイツをあんたに返したって、またあんたが面倒を起こすだけだ。これは下女にやって厨房の火掻き棒にでもしてやろうね」

 と言って婆婆が鉗を一振りすると、禅杖は沙弥の手から揺れ動いて離れようと致します。それでも沙弥は離そうとせず、決死の覚悟で握りしめておりましたが、思いの外婆婆の力は強く、二度鉗が振り上げられると禅杖はすっかり沙弥の手から飛び出していきました。あんまり急に禅杖を取られ、はずみで沙弥はしりもちをついて転がりました。徒手空拳のまま起きあがり、もう逃げ出すしかありません。

 

「こりゃあたまらん、たまらん!」

 逃げ帰ってきた沙弥を見て、一戒はニヤニヤ笑っています。

「なにが『たまらん』だ、救いようのない大失態だ。てめえの武器をすっかり敵に取られちまってどうするんだ。まあ、俺様がお前の敵を取ってやるから待ってな!」

 そうして、山の前までやって来て叫びますに、

「このオバアチャンときたら、たいそう硬いお口でいらっしゃる! 今まではみやぶられてこなかったらしいが、こうして人のもんを挟み取るところを見ると、どうやらお前さんはカニが化けたもんらしいな。奴らの武器はピカピカでまぁるくってツヤツヤで、だからお前に挟み取られちまったんだろう」

 そしてまぐわを取り出しますと、婆婆に見せてこう申します。

「さあとくと見よこのまぐわ、ズラリと並んだ九歯の牙! これでもお前さん、挟み取れるかな?」

 不老婆婆は笑って、

「そのまぐわが九歯だろうと、あんたの体中に牙が生えてようと、一旦私の鉗に挟まれりゃあんたの命はお終いさ。あんたみたいな無名の坊主が役にも立たない武器ぶら下げたって、殴ったって痛くもない、引っ掻いたって痒くもないよ。なのにこの私にまとわりついて、一体どうしようってんだい?

 さっさと逃げ帰って、孫という坊主を呼んでおいで。私が奴の力が本物かどうか見定めてやるんだからね」

 猪一戒も笑って、

「このバアチャンったら、全く恥知らずもいいとこだ! こんなに年喰ってるのに、まだ男のことなんか考えてるんだからな! お前がどんなに孫の奴に思いを寄せたって、奴の方じゃお前のことなんか思ってないぜ。 とりあえず、この猪様がお相手してやるから我慢するこった」

 不老婆婆は一戒の言葉を聞いて、激憤いたします。

「この命知らずの野良坊主め、私がお前の命ばかりは許してやろうというのに、ぺちゃくちゃよく回る口で私をからかって! こうなったらお前の牙をたたき落とし、そのでっかい耳たぶ切り落として、つるつる頭の人豚にしてやるからね! さあ、来るならおいで!」

 と言うや、玉火鉗を取り出し、挟みかかってまいります。猪一戒は先程、実際に沙弥の降魔禅杖が挟み取られた様子を見ておりますから、何とか挟まれないように、鉗の外側から受け止め、或いは隙に乗じて打ちかかります。

 且つ受け且つ打ち、激しく戦うこと八、九合、婆婆の玉火鉗は自由自在に飛び回り、まるで暴れる龍のよう。とてもじゃないけど耐え切れません。どうして幾らも受け止められましょう? ただもうひたすら汗だくになって打ち合うのに必死、いっそシッポを巻いて逃げ出そうかとも思いますが、それもばつが悪いじゃありませんか。

 最後の望みは「連携作戦をとろう」と言ってくれた履真です。兄弟子が助けに来てくれることに期待を込めて、きょろきょろと辺りを見回しますが、あろう事か履真と来たら、こちらのことなどちっとも眼中にない様子。

 こうなってはもう後がありません。一戒は半ば自棄になり、三合五合と打ち合いますが、心はますます焦るばかり。そこへ婆婆の玉火鉗が、狙いを定めてまぐわを挟みにかかります。慌ててまぐわを引っ込めようと、身体を揺すり頭を動かしたその時です。図らずも、この拍子に片方の耳たぶが鉗の開いた口にすっぽり入り、挟み取られてしまいました。その痛いのなんの、とても戦ってなどおられません。すっかり動転した一戒はまぐわも放り投げ、両手で玉火鉗を抑えて喚きちらしました。

「死んじまう、殺されちまうよう!」

 不老婆婆は微笑んで、

「この大胆不敵な坊主めが、自分からかかってきたクセに痛いくらいで泣きわめくなんて!」

 といいながら玉火鉗を手元へ引き寄せようとしますが、一戒ときたら二本の腕で玉鉗をしっかり抱え込んでおりますので、そのまま玉鉗ごと婆婆の前までやって参りました。

 婆婆、

「この坊主、一体なんなのさ?! あんたは自分から私と勝負しに来たの、それとも誰かに言われてお茶を濁す為に来たの? それとあんたらの仲間の孫って坊主は名ばかりなの、それとも本当に腕っこきなの? 腕があるなら何故私を避けて出てこないのさ!

 さっさと本当のことを言いな、そうすればあんたの命は助けてあげるよ。でも一言でも嘘をついて私をからかおうってんなら私はこの手を締めてあんたのお耳を切り落とし、炒めてうちの兵隊どもに酒と一緒に食べさせちまうよ。それからもう一回あんたの頭を挟んでペッタンコにしちゃうんだから。そうすりゃあんたはもう坊主は廃業ってわけだけど、私を恨んじゃいけないよ」

 一戒の方は耳を挟まれてるものですから大慌て、必死に哀れみを乞うて泣きつきます。

「不老婆婆お姉様、どうかお怒りをお静め下さい! おいら、実は雇われて担がされただけなんですよぉ! でなけりゃこんな役立たずの坊主が、なんだって不老お姉様に逆らったり致します? おいらはあの孫って悪たれザルに騙されたんだ。

奴は確かにちっとは腕に覚えがありますが、せいぜいそこいらの妖怪を虐める程度。なのに昨日不老お姉様の果たし状を見てみたら、お姉様が道を修められた熟練の仙人だとわかったもんで、みだりに出てって勝負だなんてできやしません。だから俺たち二人を担ぎ出し、まずは一戦戦わせてみて奴の方は後ろで様子見って訳ですよ。

 もし俺たち二人が勝ちゃあ奴が出てきて功を横取り。今俺たちが負けたのを見たら、恐らくアイツは逃げ出して後は知らぬ顔の半兵衛ですよ。

 ですからね、お姉様がもし奴にお会いしたいんなら、奴が逃げ出さないうちにさっさとおいらをお放しになった方が良いですよ。おいらが奴を引き留めますからね」

 婆婆、

「聞けば孫和尚は金箍棒ってお宝を持ってて、大きいも小さいも自由自在のとんでもない業物だっていうけど、本当かい?」

 一戒

「金箍棒ならあるにはありますがね、俺たちのまぐわや禅杖とおっつかっつ、『とんでもない業物』とは言えないんじゃないですかねぇ」

「その話は本当? 私をからかってるんじゃないだろうね?」

「この猪様は生まれながらの真っ正直、嘘など言った例しがございません。ましてや不老お姉様にはご厚情にあずかりまして、こんなに良くしていただいてるんですぜ? 前はちょっとはインチキをやらかしたこともありましたが、すっかり心を入れ替えた今、まだお姉様を騙すなんて、そりゃあ天に悖るってなもんじゃないですか」

 これを聞いて婆婆はニッコリ、微笑みながら申します。

「お前が私を騙してないなら放してやっても良いけどねえ、お前なんて言って孫和尚を引き留めるつもり?」

 一戒、

「おいらは、ただこう言うんですよ――

『兄貴よぉ、不老婆婆って方は情に溢れた良いお人だぜ。兄貴に会いたいっていうんだって、ただあんたの噂をちょいと耳にしたからで、決して悪気はないんだよ。なのにあんたはこそこそ隠れて出ていかないんじゃ、せっかくの名節を失っちまう。何より師匠を西天へお連れするんなら、やっぱりこの山を越えない訳にはいかんだろう?』

 あのサルは負けず嫌いですからね、こう言えばきっとお姉様に会いに来ますよ。奴が出来たらこっちのもん、後はお姉様のお好きなように、奴の頭をその玉火鉗で思いっきり挟んでおやんなさい。それで奴の脳みそがこぼれてきたって、俺たちの知ったこっちゃありません」

「その話が本当なら、天に誓いを立てなさい。そうすりゃあんたを放してあげても良いわ」

 一戒は「放しても良い」と聞くや、慌てて地面に跪き、天を指して誓いの言葉を述べました。

「ワタクシ猪一戒、もしちょこっとでも嘘を申しましたら、この長いお口の上に茶碗ほどのでき物が出来ても構いません」

 婆婆は一戒のおかしな誓いの言葉に大笑い。

「そうして誓ったからには、あんたを放してあげる。もう一回あんたを捕まえるのなんて、簡単なのだしね」

 そうして玉鉗をゆるめますと、このマヌケのお耳はすぐに自由の身となりました。

 あほんだらはようやく鉗から抜け出すと、耳がまだ痛むのも顧みず、急いで地面に落ちたまぐわを拾い上げ、

「では不老婆婆様、おいらは孫のヤツを呼びにいってきますからね」

 と言うやいなや、婆婆が解放するのも待たずに、風のように飛び帰りました。

 

 さて一戒が戻ってみますと、履真は半偈の乗った馬の前に突っ立って、素知らぬ顔です。そこで一戒、口汚く喚き立てました。

「このサルめ! 下心だらけのろくでなし! お前は俺たち二人をからかって先陣を切らせて、連係攻撃しようだなんて言いやがったくせに、なんで俺がアイツの鉗に挟まれても助けに来てくれないんだ? もし俺が婆婆を騙して抜け出さなけりゃあ、今頃とっくに御陀仏さ。あんたみたいにずる賢い食わせ物と師匠の下で義兄弟やってるくらいなら、解散してそれぞれの道を行った方がまだマシってもんだ!」

 小行者は笑いながら、

「ぼけなすめ、慌てちゃいかんよ。

 俺は助けに行かなかったんじゃないぞ、兵法でも言うだろう、『朝は鋭気盛んにして、夜には鋭気衰える』って。あの婆さんが最初に俺を指名してきた時は、奴の気力も充分で真っ盛りの時だ。そこへもし俺が出ていったら、別に奴如き怖くはないが、だからといって勝つのも一苦労だ。だからお前達に先に行ってもらって、まずは奴を試してみたのさ。

 奴は今、立て続けにお前達二人を打ち負かし、すっかり天狗になって心ここに在らずな筈だ。しかも俺のことを待ちくたびれて、奴の気合いも緩んじまっただろう。おまけに俺は奴の戦い方だって一切合切お見通し。今俺が出ていって奴に如意棒を一発くれてやれば、奴は御陀仏間違いなしで、俺たちも旅を続けられるってわけだ」

 一戒、

「兄貴がどんな兵法を講釈たれたってな、俺が奴に挟まれてどうしようもなかった、なんてことはこれっぽっちも分かってやしなかったじゃないか! あんたそういう風に言うけどさ、実際に奴の相手をしてないからそんな風に簡単に言えるんだ!」

 一戒がぶつぶつ言うのを聞いて、小行者は笑っています。

「このあほんだら、自分が役立たずなのを棚に上げて、奴の腕前ばかり誇張しやがって。まあ見てろよ、奴に俺が挟めるかどうか。

 それよりお前達はお師匠様のことをちゃんと守って、俺の帰りを待ってな」

 

 さて、履真は手ぶらのままふらりと山の前までやって来ますと、激しい声で呼ばわりました。

「やあやあ、我こそは東勝神州傲来国は花果山より参った、天より生まれし聖人斉天小聖孫履真なるぞ。そこなババア、我が名を耳にし、我が尊顔を拝さんと欲するならば、なぜとっとと参上仕り、とっくり拝もうとせんのだ!」

 この声を聞いた不老婆婆はすぐに駆けつけ、小行者を上から下までじっくりなめ回すように見つめて、申しますに、

「世間じゃこう言うわ、『百聞は一見にしかず』って。

 孫大聖の名声は今も人の口に上るほど有名なんだよ。あんたはその孫様の嫡子で、しかも如意金箍棒の道法だって受け継いでるって言うから、さぞや三面六臂の益荒男だろうと思ってたのに、なんだってこんなトンガリ口にガリガリほっぺの猿顔野郎なのさ!

 さてはあんた孫の名をかたるニセモノじゃないだろうね? 他のヤツは騙せても、私は騙せないよ。さあ、本当のことをさっさとお言い、その方が恥をかかなくて済むんだから」

 小行者はこれを聞いて笑い出します。

「この婆さんと来たら、玉火鉗を盗み出すだけの腕前はあるし、津々浦々の豪傑と腕比べしたっていうんだから、定めし志のある者と見受けたが、どうやら耳はあっても目玉は持っておらんようだな」

 不老婆婆、

「私の双眸がギラリと光れば、上を見れば天界を見渡し、下を見れば地中を見透かし、中を見れば人間じんかんを知るといった具合さ。だのになんだってあんたはろくに見もしないで、『目玉がない』なんて言うんだい?」

「ふん! 目玉があったって人を見る目がないようじゃ、ボロを隠したエセ風流の売れ残り男なんかを旦那に選んじまったりする羽目になるんだ。そんなことで本当の英雄豪傑が分かるわけが無かろうが。だから『目玉無し』と言ったんだ」

 不老婆婆はカラカラと大笑い。

「と、いうことは、古今東西の真の英雄ってのはみんなトンガリ口にガリガリほっぺだとでも?」

 小行者、

「古今の英雄たちみんながみんな尖った口と痩けた頬ではなかったろうがね、でも却ってちぃとばかりへんちくりんな奴の方が頭一つ抜きん出てるもんさ。そこらへんのでぶちんとは比べもんにならないよ」

「何を根拠に、デブがへんちくりんに及ばないなんて言い切れるんだい?」

「あんたは物事の上っ面しか見とらんね、まるで分かってねえ。でぶちんってえのは肉がぶよぶよしてるわけだが、へんちくりんな奴は筋骨の形がゴツゴツしてるだけだろう?

 考えてもみろよ、あんたが何か事を為し遂げようとするとして、その時使い物になるのは脂肪だらけの肉か? それとも筋骨か?」

「分かった分かった、この話はもうお終いだよ。それはさておき、あんたに聞きたいんだけど、あんたの家には金箍棒ってお宝が代々伝えられてるって言うけど、本当なの?」

「金箍棒なら一本有るが、こいつはせいぜい身体を守り、悪鬼妖怪をぶん殴るのに使い勝手が良い程度。とてもじゃないがお宝なんて呼べないね。本当の宝とは、欲を好まず色を好まず、道を外れることがない、それこそが我ら沙門の宝物さ。

 俺が見たところ、あんたってババアは髪はすっかり真っ白なのに、お顔と来たらまるで小娘同然だ。どうせ天地から陰の精をちょろまかし、その精気によって若作りし媚びを振りまいて、俺の真陽を剥ぎとっちまおうって腹づもりだろう。だがな、生憎俺の真陽は天地に根ざし、神世の昔から尽きることを知らんのだ。なんだってお前みたいなババアの妄想に付き合ってやれるもんか!

 むしろあんたは、気を落ち着けて自分を守ることを考えた方が良いぞ。純全たる坤体でないとはいえ、まだ余地がある。これからも生気を長く保つことは出来るだろう。それでも、もし一歩も退かねえなら、心配なのはあんたが人を剥ぐこと完全でなく、また地雷があんたを消しさっちまう事だ」

 これを聞いた不老婆婆は、もう喜びで心がいっぱいです。

「このお猿ったら、噂に違わぬ手練れだ! そうと分かれば、私はあんたを絶対に殺しゃしないよ。だけどねえ、せっかくお噂を耳にしてた憧れのお方と、今ようやくお会い出来たのに、すれ違っただけでハイお終い、ってわけにはいかないじゃないか。

 さぁあんたも早く金箍棒とやらをお出しよ。私の玉火鉗とどっちが上か、白黒はっきりつけようじゃないか。そうしたらちゃんと放してあげるからね」

小行者、

「あんたに棒を使ってやるのはそんなに難しいこっちゃないがね、条件があるな。あんたが“三死”を覚悟出来るっていうんなら、相手してやっても良いぜ」

 不老婆婆は笑って、

「あんたが私のことを一編殺すんだって大変なのに! 三死ってのはどういうことさ?」

「まあちょいと待ちなよ、今説明してやるから!」

 

 正に、これなん――

 

 楽しく生きんと欲すなら   欲求生快活

 なにはともあれ腕みがき   須下死功夫

 

 

 小行者の言う「三死」とは一体何のことやら、それは次回のお解き明かしにて。